南禅寺豆腐屋 服部

京都に名物料理は数あれど、湯豆腐もその一つ。静かに立ち上る湯気の向こうに豆腐が揺らいだら、すっとすくって口の中へ。滋味深い味わいが広がり、体を芯から温めてくれます。京の名料理店に豆腐を卸し、湯豆腐人気を支えてきた「南禅寺豆腐屋 服部」。三代目にこだわりの味と製法についてうかがいました。

南禅寺豆腐屋 服部

京都市左京区黒谷町3番地 075-771-0114 http://www.nanzenjitofu.jp/
明治43年創業。南禅寺門前の豆腐料理店に豆腐を卸すほか、市場への出荷や店での小売りを行う。三代目服部一夫氏は代々譲り受けた製法で豆腐作りに毎日汗を流す傍ら、国産大豆からしぼった豆乳に粗製海水にがりを加えて作る江戸時代の南禅寺豆腐を独自に研究。製法を模索し、商品化を実現する。豆腐職人としての真摯な姿勢と味が認められ、平成6年には唯一、南禅寺御用達豆腐の名を受けた。

精進料理から派生した湯豆腐

100年以上に渡り、京都で豆腐作りに励む服部。味に厳しい京都の料理人たちから厚い信頼を寄せられています。

豆腐は毎日食べても飽きのこない食材。調理方法や調味料によって柔軟に変身することから、和食だけでなく中華や洋食にもアレンジされています。ヨーロッパや欧米では“tofu”と呼ばれ、ベジタリアンの多い海外でも人気者。高タンパク低カロリーで美容と健康の味方となってくれるヘルシーフードです。

その起源は中国にあり、唐代の中ごろに誕生したといわれています。日本に伝わったのは奈良時代から平安時代にかけて。中国に渡った遣唐使の僧侶たちによりもたらされ、当初は精進料理に使われていました。室町時代に製法が奈良から京都へと伝わると、水の良さから生産されるようになり、さまざまな豆腐料理が生まれるなかでいつしか湯豆腐が広がったと考えられています。

江戸時代に入り、南禅寺など社寺の門前には参拝者に精進料理を振る舞う店が現れ、湯豆腐をはじめとする豆腐料理が庶民にも浸透しました。しかし昭和初期まで湯豆腐料理店は少なく、戦後の高度経済成長で京都に観光客が増えると、その数も右肩上がりに伸びました。

京の名店に服部の豆腐あり

「毎日豆腐を真剣に作っていると過去の経験がいつの間にか線になってつながります。引き出しが多くなるとわからんかったことがだんだんわかるようになるんですよ」と服部さん。

「今は南禅寺あたりでも豆腐料理店はずいぶんと少なくなりましたなぁ。昔は南禅寺塔頭でも参拝客に湯豆腐が出されていたことがあったんですよ」と話すのは、京都で100年以上続く「南禅寺豆腐屋 服部」の三代目服部一夫さんです。長年、南禅寺にある湯豆腐の名店「順正」に丹精込めて作った豆腐を納めてきました。

服部は京の落ち着いた風情が残る住宅街にひっそりとあります。一般のお客さん中心の商売ではないため、店舗やショーケースは設けていません。前日に取引先からファックスやメールなどで注文を受けた分を生産し、市内は自社で配達するなど、鮮度に重きを置いた丁寧な豆腐作りを続けてきました。

「朝の2時半には作業が始まるんで、早いもんは1時半ごろには出勤して注文票を貼って準備し、その日の仕事を進めていきます。お付き合いの長いところばかりやし、毎日そないに大きく数が変わることはありませんが、秋が1年のうちで一番忙しくなりますなぁ」。


端正な味の裏にある職人の苦労

豆腐作りは毎日早朝から始まります。その日の気候を読みながら大豆の浸水状態を確認し、慎重に作業を進めます。

大手メーカーでは最新機器が整備され、無人に近い状態で製造が行われていますが、服部ではほぼ手作業。職人の繊細な技により味に磨きをかけてきました。紅葉のトップシーズンともなれば1日の製造量は南禅寺と清水寺界隈の料理店に卸す分だけで型箱3000~4000枚。かつては5000枚に上るときもあったそうです。衛生管理に気を配り密閉した工場内は、機械の熱や立ち上る蒸気などで室温がぐんぐん上昇し、夏場はまるで蒸し風呂状態。4~6時間も仕事をすれば作業着が大量の汗でずっしりと重くなり、体への負担もかなり大きい重労働です。

豆腐作りはまず大豆を水に浸けてやわらかくするところから始まります。服部では粒の大きな国産大豆を使用しているため、大豆の種類や外気温によって浸水時間を微調整。一般的な作り方より時間を長くしたり、冬場はぬるま湯に浸けて前日から準備をします。大豆が水を含んでやわらかくなると細かく砕いて加熱。絞っておからと豆乳に分けます。できあがった豆乳ににがりを入れて固めると豆腐になります。

北海道産大豆へのこだわり

米と同じく大豆にも新物があり、出回る時期には使用。浸水時間や炊く時間などに気を配らなければいけない分、甘味と香りが格段に良くなります。

豆腐を作るために必要な材料は、大豆、凝固剤(にがり)、水の3つのみ。この上なくシンプルであるがゆえに、どこまでこだわるかが仕上がりの味に大きく関わってきます。服部の豆腐に使われる材料は、服部さんの厳しい目によってとことん吟味されたもの。特に重要な大豆は、糖度が高く質も安定している北海道産のものが最適と信頼を置いています。

国産大豆は天候の影響を受けやすいため、輸入大豆と比べるとはるかに希少で高価。また、大豆に含まれる糖度は豆腐に甘味をもたらす反面、にがりを入れても固まりにくくロス率が高くなってしまうことから、100%北海道産の大豆で製造しているところは多くありません。けれども味と質を追い求める服部では、デメリットも受け入れ北海道産を採用。凝固作業に高い技術を要する高濃度の豆乳を抽出し、職人の経験と勘で他ではまねできない味わい深い豆腐を作り上げています。

すまし粉からの脱却

大豆本来の風味やつるりとした喉越しの良さを存分に堪能できる服部の豆腐。職人たちの匠の技が味を支えています。

また服部では豆腐の味に強く影響するにがりにもこだわり、自然塩から採取したミネラル分の豊富な国産を使用しています。にがりは添加する量が極めて重要で、熟練の技が生きるところ。「多すぎると豆腐に気泡ができ雑味が出てしまうし、食感も悪くて食べられません。だからといってにがりを極端に減らすと、今度はやわらかすぎて箸でつかめないとクレームが出てしまうんですよ」。

粗製海水にがりを使うようになったのは、一夫さんの代になってからです。先代まではすまし粉と呼ばれるもので豆腐を固めていました。第二次世界大戦中に塩の統制があり、にがりが手に入らなくなってしまったことから、代用品として重宝されたのが硫酸カルシウム。これがいわゆるすまし粉で、どの豆腐店でも使われるようになりました。すまし粉を使うと豆乳の濃度が薄くても固まり、歩留まりが良いため作り手にとっては好都合。口当たりもやわらかくなめらかになり、お客さんにも好評でした。けれども服部さんはずっとすまし粉を使った豆腐の味に疑問を抱いていました。

「みなさんおいしいおいしいと言われるけど、そないにおいしいものかなぁと。私には南禅寺の有名湯豆腐料理店に豆腐を卸しているという誇りがあったので、すまし粉の豆腐の味に負けないものを作ろうと考えるようになりました」。


南禅寺豆腐の復活

職人の技を集結させた自慢の味。湯豆腐にすると、濃厚な大豆の甘味と香りが一層引き立ちます。

よりおいしい豆腐を追い求める服部さんが立ち返ったのは、戦前に南禅寺の門前で人気を博していた味。国産大豆と粗製海水にがりを使った昔ながらの豆腐をよみがえらせることを思いつきます。けれども当時は思いを形にできるだけの技術がなく、理想とする風味や食感にははるかに及びません。諦めずに試作を続けていたある日、ふと目にとまったのが専門誌。にがり100%の豆腐を作る機械を製造していたメーカーの記事を見つけ、九州まで訪ねることにしました。

「そこで作り方を拝見すると、釜で豆乳がちゃんと炊けていないとにがりを入れても固まらないこと、大豆の状態や外気温によってにがりの割合も変えなければいけないことなどがわかりました。思い描く豆腐にたどり着くにはそれなりに設備投資も必要だと痛感。数年前に新調したばかりのプラントを格安で手放して釜を購入し、粗製海水にがりでの豆腐づくりに本腰を入れることにしたんです」。

思い切った方向転換で大胆な味の革命に取り組むと、大手スーパーやデパートなどからも注目されるようになり販路を拡大。南禅寺から唯一、商品に南禅寺御用達の看板を掲げることも許され、服部さんは豆腐職人として大きな喜びを手にすることができました。

充填豆腐が増えている理由

絹、木綿、湯豆腐用、冷奴用のほかにおぼろ豆腐も人気。にがりの量を極力抑えた食感はまるでプリンのよう。

このところは豆腐の種類が増え、メーカーごとに個性を競い合った新商品も次々に登場しています。甘味を強調したものやねっとりとした舌触りのものなど、味や食感のバリエーションも豊かになりました。一方で、野趣に富んだ大豆の香りがする豆腐が少なくなっているようにも感じます。それは「簡単に製造できる充填豆腐が増えたから」と服部さんは言います。充填豆腐とはできあがった豆乳を一度急速に冷まし凝固剤を加えたのち、すぐに容器に入れ再び加熱して作ったもの。大量生産を可能にし、大手をはじめ多くのメーカーが取り入れている製法です。

「本来豆腐は大豆を炊いて絞って、熱く香りが出ているうちに固めることで風味高い豆腐に仕上がります。けれどもこの方法では大量生産ができずロスが出るうえに、作業も非常に難しくなります。その点、充填豆腐は量産向き。失敗が少なくロスも出ないし日持ちもするので、広く市場に流通させるうえでは何かと都合がええというわけです。でも、二度炊きすることで大豆独特の香りは飛んでしまう。だからどうしても甘味はあっても香りがしない豆腐ができてしまうんです」。

市場で見かける豆腐は充填豆腐が主流になってきている今日。表示が義務付けられていないこともあって充填豆腐かそうでないかはプロでも見た目には判断しづらい商品もあるそうです。


豆腐職人としての心構え

極上の豆乳を使った豆乳カレーも人気商品。スパイシーさの中にまろやかさが感じられます。

日々懸命に豆腐と向き合っても、まだ満足できるものには到達していないという服部さん。業界の低価格競争が繰り返される中で、お客さんに自分の作った豆腐を選んでもらうためには、努力を続けて行くことが大事だと考えています。

「豆腐はシンプルに見えて作り手にとっては本当に奥の深い食べ物。まだまだ追求するところがあるはずです。ものづくりというのは何でもそうで、死ぬまで勉強なんやないかと思うんですよ。いつもええもんを作りたいと考えていないと、新しい発見にもつながらないし改善点も見つからへんでしょう」。

高い志を持ちながら仕事を続けていると、時には偶然が良い方向へと導いてくれることも。 「この間機械の調子が悪くなって、豆乳を送り出すモーターの圧を変えたんです。すると思いがけず豆乳の出来がすごく良くなってね。歩留まりが良くロスが少なくて出来上がった豆腐もなんやツヤがあるんです。豆腐作りの7〜8割は豆乳作りにあるといっても過言ではないので、この新しい方法に気づいたときはうれしかったですね。そんなこともたまたま機械が壊れたからわかったことやし、常に意識を向けていないと気が付かんかったと思います」。

豆腐に限らず、最近の作り手は量産することばかりに目が向き、味の追求を後回しにする傾向にあると苦言を呈する服部さん。

「お客さんに食べてもらって心から喜んでもらえるもんこそ本来の食べ物のあり方。今はおなかを膨らせるためだけに食べる時代やないですし、飽食の時代に求められるのは何よりおいしさなんやないかと思うんですよ。大豆もにがりも水も大事やけど、それ以前に大事なのは作り手の意識。私が作る豆腐はこれからももっと味がようなってほしいし、おいしさを向上させるために何かできることはないかなといつも思てます。豆腐作りは毎日が勉強。毎日が真剣勝負ですわ」。

湯豆腐のおいしい食べ方

南禅寺豆腐を復活させるために情熱を注いだ服部さん。服部さんの作る豆腐は今も進化の途中です。

豆腐を知り尽くした服部さんに、家庭でもできる絶品湯豆腐の作り方を教えていただきました。

「湯豆腐は熱い方がいいと思てはる人が多いですが、それは大きな勘違い。舌が豆腐の甘味を感じるのはだいたい36度くらいなので、その状態に湯豆腐の温度をもってくるのがおすすめです」。

まずは鍋の中に水と昆布を入れます。煮立ったらそっと豆腐を加えましょう。鍋からプツプツと泡が上がってきたら沸騰直前の合図。その段階で火を止めてください。器に取り分けて薬味のかつお節をややたっぷりめに振りかけ、しょうゆをさっと回しかけたら完成です。

「大豆の風味が高い豆腐は、アツアツや冷え冷えにしてしまうと良さがわからなくなるもんです。豆腐本来の味を知るなら、ひと肌くらいに温めるのが一番。目を離した隙に豆腐を沸騰させてしまったら、冷めるまで食べるのを待つと味が戻ります。もし薬味が物足りなければ、ネギをプラスしてもいいですよ」。 昆布とかつお節のうま味に豆腐の甘みとコク、香りが重なり極上の一品に。ぜひ試してみてください。  

【コラム】おからは豆乳より栄養価が高い!?

豆腐を作る過程で出るおから。大豆をすりつぶした残りかすですが、タンパク質は豆乳の約2倍、カルシウムは約5倍、食物繊維はなんと約60倍と栄養の宝庫です。また、レシチンやサポニン、イソフラボンを含み、脳の老化や生活習慣病、骨粗しょう症の予防に効果があると期待されています。体に良いとわかってはいても、ぼそぼそとした食感が苦手だという人もいるでしょう。ケーキやクッキー、ハンバーグなど油分の多い料理にプラスするとカロリーダウンにつながり食感も気にならなくなります。工夫して料理に取り入れてみませんか。

(2018年2月 取材・文 岸本 恭児)