八代目儀兵衛

「本当においしいお米とは何か」を追求し続ける京都の老舗米屋・八代目儀兵衛。産地銘柄にとらわれず、お米の味に徹底したこだわりを持ち全国の産地から仕入れ。精米方法からブレンド技術、炊飯の手法に至るまでオリジナルを確立し、中国のマーケットからも注目を集めています。常に業界の第一線で走ってきた同社が次に仕掛けることとは。

八代目儀兵衛

京都府京都市下京区西七条北衣田町10(京都本社) 075-201-5684 http://www.okomeya-ryotei.net/
江戸・寛政時代、初代儀兵衛が創業した京都の老舗米屋。お米のおいしさの神髄や日本人が築き上げた食文化の奥深さを後世に伝えていきたと、2006年に八代目である橋本隆志氏が「八代目儀兵衛」を設立。お米を絶妙なバランスで掛け合わせるブレンド技術を採用し、斬新なアイデアのギフト商品「十二単シリーズ」を開発するなど、お米の価値観を変えるための挑戦を続けている。弟である橋本晃治氏とともに立ち上げた「米料亭」は現在、京都祇園と東京銀座、成田国際空港の3店舗を展開。晃治氏が究極の手法を駆使して炊き上げる銀シャリが記憶に残る味として人々を魅了している。

京の料理人が一目置く「米料亭」

京都・祇園。八坂神社のすぐそばに「究極の銀シャリ」を味わえる一軒があります。数々の有名料理店がしのぎを削る界隈で、米料亭の看板を掲げるのはここ「八代目儀兵衛」のみ。すべての料理の主役にお米を置いた初の店としてオープン当初から話題となり、予約が取りづらいほどの盛況ぶりです。

行列ができる米料亭八代目儀兵衛京都祇園店。客層は20~30代の若い年代が多いそう。「本物を食べてみたい」という欲求に応えています。

店の味を支える炊飯技術は職人・橋本晃治さんによって確立されたもの。遠赤外線放射率を極限まで引き出したオリジナルの土鍋炊飯釜を使い、ガス火で一気に炊き上げます。湯気と共に姿を現した銀シャリはしっかりと粒が立ち艶やか。香り高く噛むほどにふくよかな甘味が広がります。

素材となるお米に並々ならぬ情熱を注ぐのは、晃治さんの兄であり、八代目儀兵衛代表取締役を務める橋本隆志さん。五ツ星お米マイスターの資格を持ち、繊細なお米の風味をきき分ける鋭い能力は日々の鍛錬で培ってきました。

ブレンド米で切り開く新境地

ブレンド米は老舗米屋の真骨頂。橋本さんが絶妙なバランスで掛け合わせ味を仕上げます。産地や銘柄にとらわれないのが流儀。同じ作り手や銘柄であっても毎年の気候によって変化する味を厳正に評価しています。

八代目儀兵衛では社員が全国の産地を行脚。お米マイスターの資格を持つ社員たちが毎日食味を行い、産地や銘柄にとらわれず味で選び抜いたお米を仕入れています。米料亭で提供しているのは、仕入れたお米の中から橋本さんが五感をフルに使い配合したブレンド米。このブレンド米のおいしさを知ってほしいという思いから米料亭は誕生しました。

「ブレンド米と聞くと、おいしくない、まがい物というマイナスイメージが先行しがちですが、決してそうではありません。京都の食文化を代表する出汁もブレンドが命。海外ではワインもブレンドして味を作り上げています。なぜお米だけブレンドがだめだと思われているのか常々疑問に思っていました。単に産地銘柄だけでお米を仕入れて売ることは誰にでもできますが、ブレンド米には卓越した技術が必要です。配合によりどんな味を引き出せるかは米屋の腕の見せ所。他店と差別化を図ることもできます。私の手でブレンド米の持つネガティブな面をポジティブへと転換することができれば、お米の新しい価値を生み出せるのではないかと考えたのです」。


京文化を取り入れたお米ギフト

八代目儀兵衛の大ヒット商品であるお米ギフト「十二単シリーズ」。出産祝いやハレの日の贈り物として重宝されています。

橋本さんの紡ぎ出すブレンド米は、各品種の特徴を熟知した上で、相性の良いもの同士を絶妙なバランスで掛け合わせることにより、一層深い味わいを引き出すことを目的としています。その原点とも言えるのが、新スタイルのお米ギフト「十二単シリーズ」。米料亭をオープンする前、橋本さんが3年の月日をかけてようやく商品化にこぎ着けました。箱の中に詰め込んだのは、洋食向き、丼もの向き、おかゆ向きなど料理に応じて選べる多種多彩なお米。家庭で食べ切れる量を意識し2合ごとにパッケージすることで、鮮度も保てます。さらに、それぞれのお米を色とりどりの小さな風呂敷で包み、ギフトらしい華やかさをプラス。商品の高級感や受け取った時の特別感を見事に演出しました。橋本さんは京都に生まれ育ったからこそ、このような斬新な商品が生まれたと話します。

「新しいアイデアはいつも日常から湧き出てきます。お米ギフトも私が幼いころから慣れ親しんだ神社仏閣や祇園祭の山鉾に象徴される鮮やかな色調など、京都らしい文化からヒントを得ました。見た目の美しさと食べておいしいという両方が備わってこそ商品への信頼につながります。そのためには少々とがったことを思い切ってやることも必要ではないかと思っているんですよ」。

鮮度を保つ独自の精米方法

八代目儀兵衛がおいしいお米を選ぶ基準は、白さ、ツヤ、香り、甘さ、食感、粘り、のど越し。これらを総合的に判断します。

八代目儀兵衛ではおいしいお米を届けるため、精米方法にも強いこだわりを持っています。独自の精米機を使い、摩擦熱を上げずに皮をむく「低温精米」を採用。一般の精米より低く温度を保つことで、極力お米に負担をかけず高い鮮度をキープしています。

「スーパーなどで売っているお米は業務用の精米機が使われていて、必然的に摩擦熱が生まれ、非常に粗悪な状況で皮がむかれています。見た目にはわかりませんが、その時点ですでにお米本来のおいしさは損なわれているのです。僕たちが一番大事にしているのはお米の風味。たとえば同じ種類の魚でも、家庭で食べるのと一流料亭で食べるのとでは風味がまったく違うでしょう。それには鮮度が大きく影響しています。お米も一緒。保存食というイメージが強いですが、やはり鮮度が命なんです」。

現状に満足せず、お米のおいしさを引き出すために研究を重ねる日々。さらに技術を磨き、より高みを目指します。

おいしいごはんを炊くには

バンブー型が特徴のオリジナル土鍋炊飯釜。ガス火で一気に熱を通すことで、お米の甘さを引き出します。

最近は各メーカーが工夫を凝らした多機能な炊飯器が販売されています。けれども、お米の持ち味を引き出すのは機械の力ではないと橋本さんは言います。「僕が家で使っている炊飯器は6000円程度。ホームセンターに売っているような簡素なものです。それでも食べるには十分。多機能になると水蒸気でベタベタにしてしまったり、必要以上に圧力をかけすぎたりして、かえって味や食感をダメにしてしまうこともあります」。

おいしいごはんを炊くためには、お米が本来持っている素材のポテンシャルを最大限に引き出すことが大事。そのために家庭で実践できるのは、まず研ぎ方にポイントを置くことなんだとか。八代目儀兵衛のサイトでも紹介されているおいしいお米の炊き方によると、研ぐのは1回のみ。お米を揉むように「握って離す」の動作を40秒~1分続けるだけです。力任せにゴシゴシと何度も研くと粒が割れてしまい、炊き上がりの味が台無しに。できるだけ手間を省きたいと無洗米を選ぶ人もいますが、橋本さんによれば、無洗米はお米のポテンシャルを半分も引き出せていないそう。

「上質なお米、使う水の質、正しい研ぎ方・炊き方が全部そろってこそおいしいごはんが食べられます。土鍋で炊くのは火加減の調整が面倒だとか、ムラができて上手に炊けないなどの理由で嫌がる人がいますが、ちょっとしたコツや鍋の特性が理解できていれば、それほど難しく考える必要はないんですよ」。


業界の足元を揺るがす糖質制限

炊き立ての銀シャリは眩いばかり。「米料亭八代目儀兵衛のごはんは何杯でも食べられる」と箸が止まらない人も。

巷は今、空前の糖質制限ブーム。ごはんの摂取を控える風潮が広がっています。糖質ゼロ・糖質オフを掲げる飲料や食品がスーパーの陳列棚に数多く並び、大手外食チェーン店では低糖質をうたうメニューが増加。回転ずし店ではシャリだけが山のように残され、日本人の主食であるお米がいつのまにか悪者扱いされるようになりました。橋本さんはこうした流れに警鐘を鳴らします。

「お米が身体に良くないという情報には大きな誤解があります。一番の問題は過剰に摂取する食べ方にあるのに、根本からすべてお米のせいにされてしまっては米業界にとってかなりの逆風です。僕たちはお米をたくさん食べてほしいわけではなく、あくまで質の良いものを少量食べることが健康のためにベストだと思っています。一方、海外では和食がブーム。グルテンフリーが進み、小麦よりお米に意識が向いてきています。身体を思いやるバランスの良い食べ物は日本食にこそあると。僕もその通りだと思っています」。

米離れが加速する理由

全国各地の産地に足を運び、直接目で見て触れて確かなものだけを仕入れ。優秀な生産者を見つけるのも大事な仕事です。

糖質制限だけでなく、日本人の米離れが進んでいる背景にはさまざまな理由があります。その一つに橋本さんが挙げるのが市場の変化です。

「量販店に押され米屋の力がなくなってしまったことが大きいでしょう。昨今は産地銘柄による過当競争が激しくなり、量販店は安さだけを追うようになりました。それが結果として、お米本来のおいしさが何であるかを見失わせてしまいました」。また、お米のおいしさを追求する人がこれまで誰もいなかったことも大きな要因だと付け加えます。

「米業界は長らく産地やブランドに頼りすぎました。もちろんそのようなお米を否定するわけではありませんが、名前だけで判断してしまってはお米の本質が見えてきません。実は米業界にはそもそもおいしさの定義がないんです。新品種がどんどん出ているのに、このお米はコシヒカリ同等とかコシヒカリよりやや良といった乏しい表現でしか評価されません。当社では人の感覚を重視した食味を行っておいしさを判断していますが、一般的には食味計で測ってお米に含まれる成分量などから良し悪しを決めるレベル。農家や販売店もおいしさを追求するのは各家庭任せでいいんじゃないかという古い考えにとどまっています。ワインの世界にソムリエや評論家がいるように、お米の世界にも味に重点を置いて評価する人が存在すべきではないでしょうか」。


五感を磨く「米育」とは

新たな分野への挑戦となる「my Taste」。日本人のお米に対する価値観を大きく変えるための一歩です。

米離れに歯止めをかけるには、単に食べておいしいだけで終わるのではなく、消費者からお米についてもっと知りたい、もっと食べてみたいという興味や欲求を引き出すことが重要だと橋本さんは考えています。その新たな試みとして2017年11月より「my Taste(マイテイスト)」と名付けた新事業に着手しました。「僕のやることは先を行きすぎていて、なかなか世間には理解されにくいんですよ」と苦笑する橋本さん。業界の異端児が次に目指すのは、「米育」という新たな教育ジャンルの確立です。

「お米は非常に身近な食べ物であるにも関わらず、日本の教育はまったく進んでいません。子どもたちが学校で学ぶのは、せいぜい炊飯器を使った炊き方くらい。僕は食育学を学んだ経験がありますが、そこでも栄養学しか教えてもらえませんでした」。

my Tasteはこうした閉塞的な環境に風穴を開け、お米の知識をボトムアップさせようと始まった取り組みです。プログラム参加対象の目安として設定しているのは、日本語の意味を理解し表現できる幼稚園年中くらいから小学校高学年までと、その年代の子どもを持つ親。お米を教材として子どもたちの五感を磨き、エンターテインメントの要素を盛り込みながら、体験を通して感性を育てていく能力開発プログラムとなっています。

楽しみながらお米を学ぶ

プログラムの教材となるのはお米。繊細な違いを五感を使って収集し、自分の言葉で表現することで感性を育みます。

「お米のパッケージやスーパーのPOP広告を見ても、お米の本当のおいしさを的確に表現したコピーはないと思いませんか。どのお米にも“もちもちとした食感”や“豊かな自然が育んだ”と似たような言葉が添えられています。これでは消費者がそれぞれのお米の違いを判断できず、結局は産地やブランド名といった知名度で選ぶことになってしまいます。けれども本来お米は産地や品種によって個性があり、同じブランド米でも同じ味とは限りません。ソムリエがワインの味を細やかに言い表すように、お米も繊細に表現されるべきものだと思っています」。

my Tasteではお米をテイスティングし銘柄を当てたり、品種による微妙な香りの違いを嗅ぎ分けたりしながら感覚を鍛え、子どもたちが自主的に自分好みのお米の味を見つけていくことに重きを置いています。また、感覚でとらえたお米の特徴をオノマトペを用いて表現することで、幼いころからの言葉づくりや相手に思いを伝える能力も磨いていきます。

「僕自身、一番おいしいお米はどれですか?と聞かれることが多いのですが、おいしいと感じる味覚は人によって違って当然。僕がおいしいと思っても、全員が同意するものではないと思います。my Tasteではお米の味を一定のスケールにかけて評価するようなことはしません。あくまでも自分がどんなお米をおいしいと感じるか。自分の味覚を大事にすることが最優先です」。

大人の知識力も上げたい

京都の有名料亭などで料理人として腕を磨き、独自の炊飯技術を極めた橋本晃治さん。究極の味を伝えています。

さらに大人に向けては「五感米育アンバサダー」という資格を設け、今後は養成講座にも乗り出します。講座では五感教育の基礎を学び、土鍋でのお米の炊き方や炊飯の極意など、これまで八代目儀兵衛が独自に培ってきた技術を習得。産地銘柄のお米を食べ比べ、舌の力と味を表現する能力をアップさせるなど、さまざまな角度から専門的なスキルを磨いていきます。知識や技術を身に付け子育てに生かすだけでなく、認定を受けるとmy Tasteの講師として活躍できたり、すでに食関連の仕事をしている人は自身のキャリアに役立てることができるなど、実用性が高いのも魅力です。

「味覚は幼いころに育つとよく言いますが、大人になってから鍛えても遅くはありません。僕自身、お米の味を明確に選別できるようになったのは今の仕事に就いてから。日本人は誰しも生まれつき繊細な味の違いをきき分ける優秀な舌のDNAを持っています。この講座でより多くのDNAを呼び起こすことができればうれしいですね」。

お米に対して正しい知識をもつ大人を増やし、米育ができる人材を一人でも多く育成していきたいと語る橋本さん。新たな挑戦がまたお米の価値観を変えていきます。

(2017年10月 取材・文 岸本 恭児)