朝倉さんしょ部会

「山椒は小粒でもぴりりと辛い」ということわざは、小さくても優れた才能を持ち、侮れないことのたとえです。言葉の通り山椒の用途は多種多様。料理に使ったり漢方にしたり、花から樹皮、幹に至るまで余すことなく使い切ることができます。今回は伝統の朝倉さんしょを栽培する地域を訪ね、小さな実に秘められた実力を掘り下げていきます。

JAたじま朝倉さんしょ部会

兵庫県豊岡市九日市上町550-1 
0796-24-6672(事務局:JAたじま特産課)
但馬地域で朝倉さんしょを栽培する農家やグループが所属。平成22年より新植1万本を目標に活動を開始。毎年定植講習会や剪定講習会などを実施し、品質の向上に努めるほか、イベントへの参加、メディアを活用してのPR活動にも積極的に取り組んでいる。

若芽も実もおいしくいただく

地元の人にとっては家庭の味でもある山椒のつくだ煮。焼きそばに加えてもおいしいと福井さん。産地ならではの味わい方です。

山椒はミカン科サンショウ属で落葉樹の一種。英名でジャパニーズペッパーとも呼ばれています。木は成長すると2~3mほどになり、ほとんどの山椒は枝に鋭いとげを持っています。春になると出てくる若々しい葉は木の芽と言われ、色と香りで料理に華やぎを与える名脇役。手に挟んで叩くとさわやかな香りがふわりと広がり、お吸い物に浮かべたり煮物に添えたりして季節を愛おしみます。食べてもまた美味。かごいっぱいに摘み取ってすり鉢でペースト状にし、白みそなどと和えて作る木の芽味噌は、春を存分に味わえる贅沢な一品です。

ぷっくりと小さく丸い実がたわわに実るのは新緑のころ。舌を刺激する独特の辛味と食欲を高めるさわやかな香りが特徴です。実はつくだ煮にしたり、ちりめんじゃこと一緒に炊いたりするとごはんやお酒のお供にぴったり。乾燥させて粉末にしたものは料理のスパイスとして使うほか、漢方としても活用されてきました。

山椒の新たな産地「養父市」

日当たりが良い山裾にある福井さんの山椒畑。立派に育った木が今年も青々と若葉を茂らせています。

山椒は日本各地の山地に自生し、温暖な気候を好みます。栽培適地として知られているのは近畿地方の山間部。中でも和歌山県は年間400トン以上もの生産量で日本一を誇ります。主産地である有田川町はぶどう山椒発祥の地とされ、昔から栽培が盛んでした。肉厚な実は主に漢方や香辛料として用いられています。

近年、新たな山椒の産地として注目されているのが兵庫県養父市です。養父市がある県北部の但馬地域は、県最高峰の氷ノ山がそびえ、水量の豊富な円山川が流れる豊かな自然が息づくエリア。特別天然記念物のオオサンショウウオが生息し、コウノトリとの共生にも取り組んでいます。恵まれた気候風土が育む特産物も多彩。丹波黒大豆、ピーマン、キャベツなどに加えて、ここ数年但馬全域で産地の拡大に努めているのがアサクラサンショウです。

歴史深いアサクラサンショウ

アサクラサンショウは養父市八鹿町朝倉地区が発祥の品種。江戸時代の百科事典には栽培の記録があり、江戸幕府に献上したと記されている文献も残っていることから、約400年の歴史があると言われている作物です。朝倉地区では昔から自生していたもので、庭木などとしても親しまれてきました。養父市では過去に一度産地化に取り組みましたが、4~5年ほどすると木が枯れてしまうという特性から、失敗に終わった苦い経験があります。そこで栽培用に適したものを求め品種改良を重ねた結果、ようやく丈夫で育てやすい苗木を生産できるようになりました。平成22年より養父市を中心に朝来市、豊岡市、香美町、新温泉町の3市2町の但馬全域で本格的な栽培に乗り出し、「朝倉さんしょ」と名付けブランド化。地域おこしの一環として力を注いでいます。


収穫間近の山椒畑へ

今年の生育状態を見つめる福井さん。例年通りの大きさに育っていないことから、少し小粒かもと心配そう。

5月も半ばに差し掛かったころ、間もなく朝倉さんしょが収穫シーズンを迎えると聞き、「朝倉さんしょ部会」の部会長を務める福井悦雄さんの畑を訪ねました。山裾にある畑には、立派に育った20本ほどの朝倉さんしょの木が植わっています。7年前に植えたという小さな苗木は福井さんの背丈を優に超え、澄んだ空気の中でのびのびと枝を広げていました。

「実が成長してくる今ごろになると、風が吹いただけで山椒独特の香りがふわっと鼻をくすぐるはずなんですが、今年はちょっと違うねぇ」と戸惑いの表情を見せる福井さん。例年なら5月末の収穫に向けすでに実を膨らませているはずが、今年は春先の雨が少なかったことなどが影響して成長が遅い様子。雨に当たるとぐっと実が大きくなることから、出荷までの天候に期待を寄せながらも、「今年は無事出荷時期に間に合うかどうか……」と心配を募らせていました。

雄木と雌木の特徴

2本の角のように見えるのが花柱。雌花が開花するとひょっこりと現れます。受粉して役割を終えると消えてなくなるから不思議。

山椒には雄木と雌木があり、雄木には花が咲き、雌木にだけ実がなります。庭などで育てる場合は対で植えないと結実しませんが、福井さんの畑には雌木しか植わっていません。「このあたりの山にはたくさん雄木が自生していて、春になると雄木の花粉を風や虫が運び、うちの畑の雌木に受粉してくれるんですよ」。自然の営みがあってこそ、福井さんの朝倉さんしょの木は毎年ふくよかな実をつけます。

雌木をよく見ると、小さく丸い粒の先からひょっこりと角が出ているのがわかります。これが花柱です。雌花が開花すると子房の上に角のような花柱が2本でき、受粉が終わると自然と花柱はなくなりぷっくりとした実になります。一方の雄木に咲く黄色い雄花は花ざんしょうと呼ばれるもの。食べることができ、完全に開花してしまう前のわずかな期間で収穫して希少な味として出回ります。スーパーではなかなかお目にかかれず、高値で高級料亭などに卸されることがほとんど。しゃぶしゃぶやつくだ煮にすると滋味深い味が口いっぱいに広がります。

実のベストシーズンはわずか

成長段階の朝倉さんしょの果実。雨にあたって最大5㎜の大きさにまで育ち、収穫の時を迎えます。

朝倉さんしょには他の山椒とは異なる点がいくつかあります。まずはひと房に100粒以上の実がなる豊産性の品種であること。成長すると鮮やかな緑色の実をつけ、一粒最大5mm程度まで膨らみます。実の芳香は強くフルーティー。辛味はまろやかで口当たりもやわらかです。また、枝にはトゲがありません。これは生産者にとってはありがたいこと。収穫時にトゲでけがをすることがなく、作業効率を高めます。

実の収穫期はわずか1週間ほど。若いころはとてもデリケートなので、傷つけないように親指の爪を使ってやさしく摘み取ります。実を割ってみると中から顔を出したのは乳白色の種子。朝倉さんしょを家庭で炊いても雑味がなくふっくらと仕上がるのには、この種子に秘密がありました。

「市場価値が最も高まるのが乳白色の種子のころ。つくだ煮にするにはやわらかくベストなときで、種子の状態を見極め、一番良い時期に一気に摘んで市場に送り込んでいます。シーズンを過ぎると種子が黒く変色し実も硬くなり、口当たりが悪く食べてもおいしくありません。料理用としての価値は下がるので、利益にならないんですよ」。


冷凍保存で旬の風味をキープ

収穫適期の見極めになる乳白色の種子。日が経つにつれ黒く硬くなっていき、生果としての価値は下がってしまいます。

収穫したばかりのフレッシュな実はすぐにJAに出荷され、各市場へと流れていきます。生果の卸先は京阪神のスーパーやデパートが中心。目にもまぶしい緑色が陳列棚を彩ります。またJAでは旬の生果の販売に加え、春先に収穫した実を鮮度が落ちないうちに処理をしてから冷凍保存しています。旬が短いことが弱点だった朝倉さんしょですが、冷凍技術の進歩によりJAたじまや道の駅ようかで通年販売ができるようになりました。解凍しても水っぽさや色の劣化はなく、初々しい芳香がよみがえります。

「新鮮さを損なわない冷凍保存が実現して、1年中実が青いことが朝倉さんしょの売りの一つになりました。シーズンではない時期に展示会や商談会へ青い実を持って行くと、何で今ごろに青いの?と皆さんびっくりされます」と笑うのは、地域特産物の振興を担うJAたじま営農生産部特産課の稲葉博通さん。冷凍の実は専用の機械で軸を取り除いてあり、あく抜き済み。そのまま料理に使える点が便利だと大変好評だそうです。

【豆知識】山椒の成分と効能

山椒の実の辛味成分にはサンショオールという特有のものが含まれ、胃腸の働きを活発にしたり冷えを改善したりするほか、胃痛を緩和する効果なども期待されます。香りの成分はレモンなどの柑橘類に含まれるリモネン、心を落ち着かせるフェランドレン、バラに似た甘さのあるシトロネラールなど複数で構成。朝倉さんしょはリモネンが多く含まれているため、他の品種よりフルーティーな香りが強いのも魅力です。夏バテ気味のときなどには食欲増進の手助けになる山椒。辛味や香りの効果で薄い味付けでも満足感が得やすいため、減塩したい人にもおすすめです。しかし、刺激が強すぎて胃腸が弱い人には負担になることもあり、食べすぎには注意が必要。くれぐれも摂取する量には気を付けてください。

過保護でなくとも実は育つ

数ある朝倉さんしょの木を管理するのに役立っているのは、1本ずつにくくりつけられたタグ。

山椒は他の農産物と比べると栽培に手がかからないのが生産者にとって何よりの魅力だと言う福井さん。「必要なのは剪定くらい。木はほったらかしておくと空に向かってどんどん真っすぐに伸びてしまうんです。剪定をしてできるだけ枝が横に伸びていくように手入れをします。どの枝にも均等に日が当たるようにすることが大きな実をたくさんつけるために大事なことなんですよ」。

気温が上がり虫の活動が活発になる時期にはすでに収穫を終えているため、実は害虫の被害を受けません。そのため農薬を散布する必要がなく、消費者は安心して口にすることができます。「剪定以外には、収穫後に有機肥料をやって翌春の初めに芽出し肥えをまくのを忘れなければ、あとの季節はほったらかし。夏に草刈りをしている農家もありますが、うちの畑は生え放題(笑)。私は草があれば木の根っこが乾燥しなくて都合がいいと思っているのでね」。

日当たりの悪い場所に植えている木はまれに病気になることもありますが、実に影響しない時期に消毒をすれば大きな問題にならないそう。手間いらずで翌年も元気に実をつけてくれます。


生産者の高齢化問題

道の駅ようか内のレストランでは、朝倉さんしょをアレンジしたさまざまな料理が食べられます。夏場は香りが広がる冷やしうどんがおすすめ。

山椒は木が成木期に入り安定した収穫量が見込めると、小規模な農園でも利益が上がりやすい作物です。栽培から加工、販売までを産地で行う六次産業化にも取り組みやすいことから、まちおこしに活用する地域も増えてきています。

現在、朝倉さんしょ部会に所属しているグループや農家は494人。但馬の農業は米づくりが中心の地域ですが、増加する耕作放棄地対策と農閑期の仕事として地元にゆかりのある朝倉さんしょに着目。高齢化が進む地域の新たな産業にしたいと栽培を始めました。しかし最初は反対の声も多く、部会設立の平成22年の会員は200人足らず。その後、部会の働きかけやJAのサポートもあり会員数は右肩上がりで増え続け、今では倍以上に膨らみました。平成27年には但馬全域で1万本の苗木を新植するという目標も達成。今後は収穫量を安定させ、年間1億円の売り上げを目指しています。

順調に産地化が進む一方で、生産者の約6割が70歳以上と高齢化も加速。朝倉さんしょは年齢を重ねても作業しやすいようにと、剪定や整枝をして脚立に登らなくていい低木にしてありますが、実の摘み取りには体力も必要。このままでは生産者数の先細りも否めません。若手の参入を望む現場の声は年々切実さを増しています。部会では、地域の小学生に収穫を体験してもらったり、新規栽培者向けの講習会を行ったりと、次世代の担い手を増やす活動も並行して行っています。

需要の声に応えたい

乳製品との相性も抜群。道の駅ようかで人気のソフトクリームは朝倉さんしょのペースト入りですっきりとした甘さ(画像上)。カレーやドレッシング、ロールケーキまで。朝倉さんしょを使った加工品はなんともバリエーション豊か(画像下)。

但馬地域での朝倉さんしょの出荷量は昨年度で11,493㎏。毎年伸びてはいますが、現状では需要と供給のバランスが取れていないことも悩みです。数々のマスコミに取り上げられたこともあり、ここ1、2年で朝倉さんしょの知名度は急速に高まりました。収穫したばかりの生果は一度食べるとやみつきになる人が多く、シーズンになればJAたじまには個人のお客さんからも注文が殺到。加工品のバリエーションもどんどん広がり、大口の取引の話が舞い込んだりと全国各地から問い合わせが寄せられます。

「うれしい悲鳴ではあるのですが、産地として急成長した分、いろんなことが追いついていません。まだ木が育っていないため十分な供給が見込めず、需要に添うような収穫量を確保するのが難しいです。今まではとにかく木を増やせ増やせと突き進んできただけで、品質の安定もこれからの課題。農家それぞれが栽培技術を磨いていくことも重要です」と福井さん。「今後は出荷時のチェック体制も整えていき、産地の維持拡大を続けながら品質を高めるために努力を重ねていかなければいけません」と稲葉さんも気を引き締めます。

一大産地として発展していくためにはこれからが正念場。2人の言葉からは、一日も早く信頼されるブランドに成長させたいという強い思いが感じられました。

(2017年5月 取材・文 岸本 恭児)