香寺ハーブガーデン

ここは兵庫県の中播磨に位置する山間の村。過疎化により年々人口が減少していく限界集落で、食・農・医の融合を目指した新たな取り組みが行われています。カギとなるのはハーブ。西洋では昔から料理や薬などさまざまな場面で用いられてきたそのパワーに注目し、活用することで人々の健康を支えながら地域の活性化を目指しています。

香寺ハーブ・ガーデン

兵庫県姫路市香寺町矢田部689-1 079-232-7316
http://www.koudera-herb.com/
1984年の開園以来、農薬や除草剤を使用せず自然に近い状態でハーブを栽培。収穫したハーブや地元で育てた野菜を使って食品や化粧品などの開発・販売を手掛けながら、兵庫県や各大学とともにさまざまな研究を行っている。また2016年より食養生に特化した農家レストラン(写真)を展開。ハーブを通して過疎化が進む地域のまちおこしに取り組む。

今話題の農家レストラン

レストランの中は山々の緑が望める開放的な空間。木造りがくつろぎ感を高め、ゆったりと食事ができます。

兵庫の名峰・雪彦山や播磨の奥座敷とも呼ばれる塩田温泉があり、風光明媚な地で知られる姫路市夢前町。山間ののどかな場所に2016年秋、農家レストランがオープンしました。建物は過疎化により閉園となった幼稚園を再利用。禅語で「慌てず、焦らず、ゆっくりと」を意味する言葉「且緩々(しゃかんかん)」と名付けられた一軒は、満足度の高い味とヘルシーさ、雰囲気の良さが評判となり、口コミで人気を広げています。

ビュッフェスタイルで楽しむランチは神戸大学附属病院の協力のもと、食べて健康を保つことを意識してメニューを構成。和洋中にアレンジした料理が20種類ほど大皿で並び、なんとも彩り鮮やかです。ふんだんに使われているのは、地元で伸びやかに育った力のある野菜やフレッシュな香りを放つハーブたち。味付けは体にやさしく薄味が基本で、素材が持つ自然な甘味やうま味を引き出すよう調理に工夫が施されています。それぞれの料理のそばには、カロリーに加え「免疫力アップ」「生活習慣病予防」など、食べることで期待できる効果効能を記したポップを添付。最近の体調はどうだろうか、今体が欲している食材は何なのかと、内なる声に耳を傾けるきっかけを与えてくれています。

食べることで健康を意識

料理が並ぶコーナーは色鮮やかで食欲をそそります。デザートやハーブティーもそろい食後ものんびり。

「うちの農家レストランでお出しする料理は、単においしいだけで終わってはいけないと思っています。食べることで血圧を下げたり、血糖値を安定した状態にコントロールしたり、筋力をアップさせて転倒防止につなげたり。病気やケガを予防すること・治すことが最大の目的なんですよ」とは、運営する香寺ハーブ・ガーデン代表取締役の福岡讓一さん。お客さんからはアンケートを取り、蓄積したデータをもとに将来的には病院の治療食として応用していくことを視野に入れていると言います。

すでにリピーターとなっているお客さんも多く、家でもレストランの料理をまねて定期的に作っているという人からは、体と心にうれしい変化が現れたという声がいくつも届いているそうです。「辛かった冷え症が改善されたとか、不眠で悩んでいたのが解消されたとか。長年のうつ病で拒食症だったけれど、うちのレストランの料理だとおなか一杯食べられたという人もいらっしゃいます。こうした言葉を聞くとやっぱり感動しますし、私たちも改めて食事が与える人への影響力の大きさを痛感しているところです」。


昔ながらの食生活が大事

ハーブや地元の野菜を練り込んだ手作りのパンはファンが多い看板商品。焼き立てを買ってイートインでも楽しめます。

福岡さんは現代の日本人の食生活や食習慣の乱れが、体と心の不調を招く一因になっていると危機感を募らせます。 「わかめと豆腐を具にした味噌汁に納豆や漬物を添えてごはんを食べる昔ながらの和食は、体に溜まった毒素を自然と外に排出してくれる、とても意味のある食事なんです。何千年という歴史の中で日本人が脈々と培ってきた食文化は世界に誇れるもの。欧米人からも高い注目を集めているにもかかわらず、朝はパンとコーヒー、昼はパスタと今の日本人は洋食に傾きがちですよね。和食の重要性をみんなはいつの間にか忘れてしまったんじゃないかと思うんですよ。身近な食べ物で体と心は変わるんだということをより多くの人に感じてもらえれば、いろんなところに良い変化が起こってくるはずです。食べることを見直すことに一人一人が真剣に取り組めば、医療費ももっと削減できるんじゃないでしょうか」。農家レストランはこうした思いを発信する場所でもあると言います。

さっぱりとした切り干し大根の白和え、ほっくり炊かれたかぼちゃの煮物、昔ながらの地元めし。農家レストランに並ぶ料理には星付きレストランのような派手さはありません。けれども、作り手の愛情がにじむ温かみのある味は、噛みしめるたびに自然と気持ちがほぐれていきます。周りのお客さんを見渡しても笑顔にあふれて幸せそう。どんなに忙しい毎日でも食事をおざなりにしてはいけないことを教えてくれます。

道を決めた1つの出会い

山之内ハーブと名付けたスキンケアシリーズ。カモミールから抽出した自然の成分が肌にうるおいを与えます(画像上)。ハーブティーは同社を代表する商品の一つ。安心安全に育てたハーブは色・香り・味がくっきりと濃いのが特長です(画像下)。

香寺ハーブ・ガーデンは1984年に研究開発を行うハーブ園として開園。農薬や除草剤などを用いずに栽培する方法を探り、大学や各研究機関の指導のもと抽出・発酵技術を磨いてきました。その結果、香り、色、有効成分をそれぞれに抽出できる機械の開発に成功。ハーブティーやハーブパウダー、ハーブ化粧品といった高い品質を誇るオリジナル商品の製造に生かしています。

福岡さんは若いころから世界を渡り歩き、ハーブに関する研究に取り組んできました。自然と人とのより深い関わりを目指して活動を続けていく中で、忘れられない出会いが訪れたのは今から20年ほど前のことです。 ある日、福岡さんのもとを1人の医師が訪ねてきました。車いすに乗った10歳くらいの女の子とそのお母さんも一緒です。女の子は自閉症でこの医師の患者さんでした。

「女の子の目の焦点が合っておらず、話を聞けばお母さんと一度も会話をしたことがないと。病気の進行を遅らせるには月3万円の薬を飲み続けなけないといけない状態で、家族は借金までして毎月の薬代を支払っていました。そのころの私は大学と共同研究を行いながらハーブの持つ可能性をいろいろと探っていました。医師はその情報を知り、ぜひともあなたの力でこの子と家族を救ってやってほしいと切望されました」。


自閉症を改善に導いた奇跡

天ぷらに添えられているのはハーブソルト。ハイビスカスと桑葉を粉末にして混ぜ合わせています。

自閉症を発症する原因ははっきりと解明されておらず、症状の出方は人によって千差万別。今の医療では根治が望めません。医学知識をほとんど持ち合わせていなかった福岡さんですが、医師の強い気持ちに突き動かされ、ハーブ・ガーデンの敷地内にある小さな研究所で独自に病気の解明を進めました。1年後、ある一つの法則を導き出すことができ、それに基づいてハーブや野菜などでパウダーが完成。出来上がったものをさっそく先生に渡して、女の子には今まで飲んでいた薬からパウダーに切り替えてもらいました。すると120日後に劇的な変化が。

「なんと女の子と会話ができるようになったんです。高価な薬ではなく、自然由来のパウダーを口にすることで症状が改善したことに、医師もこれは奇跡だよと驚いていました」。 西洋医学では治療が難しいとされる病であっても自然のパワーが有効なケースがあるとわかったことは、福岡さんが活動を続けていく上で大きな自信につながりました。その後に女の子のお母さんから届いた感謝の手紙は、今もお守りのように心に刻まれています。

「福岡さんと出会った日を家族の記念日にしてこれから頑張って生きていきたいと思いますと綴られていて、読みながら従業員のみんなと泣きました。小さな場所から世の中に送り出してきたハーブですが、この出来事がきっかけで健康に悩みを抱えている世界中の人を1人でも多く救っていきたいという思いを強くしました」。

ハーブでまちおこしに挑戦

敷地内にある店では、エッセンシャルオイルやハーブティー、ハーブ化粧品を販売。使い方なども教えてもらえます。

2011年、香寺ハーブ・ガーデンは姫路市夢前町山之内地区にある廃校となった小学校の校舎を借り受け、ハーブの研究や商品開発を行うための研究工場施設を開きました。すぐそばには清流が流れ、静かで空気の澄んだ自然豊かな環境は、研究を行うのに理想的です。「村に工場ができるとなると汚染水の問題などがあるのではと懸念され、多くの反対があるもの。けれどもスムーズに開設できたのは、私の考え方に多くの地域住民の方々が賛同してくださったからなんです。お礼に私も何か少しでも皆さんのお役に立つことができればと思うようになりました」。

そこで福岡さんが注目したのが「環境保全」「生産」「食と観光」「健康」。この4つのワードを掲げ、村を活性化させるプロジェクト「ヒポクラテス構想」を立ち上げました。「自然環境を整えることで安全安心なハーブを生産し、生産したハーブを使った料理をレストランで広く人々に提供していけばみんなが健康になれます。さらにはスポーツ施設を整備し、既存の温泉施設に観光客を呼び込むことができれば村にも活気が戻るはず。こうした循環型の地域づくりを目指しています。結果として限界集落のこの地に若者が増えることが最終目標なんです」。


夢の構想を一歩ずつ実現

地域活性化につなげたいと耕作放棄地で栽培を始めたカモミール。毎年春には白く可憐な花を咲かせます。

プロジェクトを具現化するうえで、まず取り組んだのが雇用の創出でした。地元で暮らしながら長年農作業に汗を流してきたお年寄りたちにハーブや野菜の栽培を委託。収穫したものを自社で買い取り、農家レストランで食材として使ったり商品の原材料にするほか、大手企業などに販売することで収入を得られるシステムを構築しました。耕作放棄地を活用しての栽培は、環境保全にもつながります。

今、最も力を注いで栽培している一つがカモミール。4月も終わりに近づくと、カモミールを育てている3万平方メートルの畑は一面真っ白で可憐な花に埋め尽くされ、芳しい香りに包まれます。収穫は体験イベントにし、地域活性化にも一役。山之内産のカモミールは「山之内ハーブ」と名付け、ハーブ水、ハーブ油、ハーブバームとスキンケアシリーズとして発売し、高い評価を受けています。

ヒポクラテス構想には大学や企業など多方面からの協力が得られ、今年は農と食について学べる学校をつくることが決定し、開校に向けて進んでいます。 「農家レストランでたった1食だけ健康を意識した食事を取ってもらっても、毎日継続して同じような食生活が送れなければ意味がありません。興味のある人たちがレシピや調理方法などを習得できる場が食の学校。家庭に持ち帰って実践できるようにしたいと考えています。農の学校では若い人たちにこの地域で実践的に野菜づくりを学んでもらいます。同時に販売のノウハウも身につけてもらい、やがては自立しこの地で就農してもらうことが目的です。農業は優れた栽培技術を持っていても独立するのが難しい業種。でも私自身が33年間ハーブを育てて販売してきて、大手へ売り込むテクニックや知識を培ってきました。それを少しずつ次世代へ渡していけたらと思っています」。

【豆知識】ヒポクラテスって?

ヒポクラテスは紀元前5世紀に活躍したギリシャ人医師。病気を自然現象と捉え、呪術や迷信と強く結びついていた医術を科学的に進歩させました。その業績を称え、医学の祖や西洋医学の父と呼ばれています。ヒポクラテスは治療にハーブから抽出した液体を薬として使用し、病気やケガで苦しむ人々を救ってきました。また、野菜やフルーツが健康に良いと説いたのも彼が最初だったと言われています。その格言の中には「汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ」「食べ物でも治せない病気は医者でも治せない」など、食と健康の深い関係性を解くものが多く、今も語り継がれています。

過疎地を最先端研究の場に

バジルやミントなど育てやすいハーブの苗も販売。ガーデニングにチャレンジしてみたくなります。

経営者や指導者として忙しい毎日を送る傍ら、研究者としても活動を続けている福岡さん。積極的に取り組んできたのが不凍タンパク質の研究です。不凍タンパク質とは凍結防止や氷点下での氷の再結晶の成長を防止する物質であり、魚や植物類の生体活動の維持に必要なもの。白菜やネギなど冬場の野菜が霜に当たると甘くなるメカニズムに着目し、大学などと共同で研究を推進。ハーブエキスの抽出で培った技術を応用して、2003年にカイワレ大根から不凍タンパク質を抽出することに成功しました。

それまで天然物から不凍タンパク質を抽出した前例はなく、功績が認められて2015年には文部科学大臣賞を受賞。現在は化学メーカーのカネカの協力を得て、不凍タンパク質を含有するエキスを商品化しています。 「不凍タンパク質は食品に添加するとデンプンの老化防止になり、食品添加物の代用になります。野菜と水だけで抽出できるため安全性が高く、安価に製造できるのが魅力。今では冷凍食品など多くの加工品に使ってもらっているんですよ」。

ホルマリンの代わりに利用する研究も進み、血液や臓器の保存液や建築資材として応用することも検討されています。こうした先進技術の研究を行う場所としても地域に企業を誘致し、さらなる活性化につながればうれしいと福岡さん。夢はまだまだ膨らみそうです。

(2017年4月 取材・文 岸本 恭児)