レ コッコレ

コンビニのお弁当やスーパーのお総菜は便利で手軽ですが、ただ食べたい欲求を満たしているだけかもしれません。大地のエネルギーをたっぷりと吸って育った元気な野菜こそ、体が心底欲しているもの。今の食事を見直すことで心身が整うだけでなく、人生のリズムも変わり始めるとしたら……。毎日の暮らしに、自然な食を取り入れてみませんか。

オーガニック ベジタリアン カフェ レ コッコレ

大阪市中央区北久宝寺町3-4-1豆庭ビル 06-6245-5558
http://www.le-coccole.jp/
体が喜ぶ食材を厳選し、自然のままのおいしさを届けるベジタリアンカフェ。料理には肉、乳製品、卵などの動物性食品をまったく使わず、丁寧に育てられた無農薬野菜が中心。調味料もナチュラルな製法で作られたものだけを吟味し、野菜からのうま味や甘味を活用して、バラエティー豊かなメニューを手掛ける。また、調理道具や調理法は素材のエネルギーを損なわないことを基本に選択。ベジタリアンやヴィーガン、健康志向な人から信頼されている一軒。

小さな葉物1枚にも存在感

お話を聞かせてくださったオーナーの横田さんが大事にしているのは朝時間。ヨガや瞑想、足湯などで心身を癒やし、健やかに保っています。自家製のハーブたちは、「サラダだけでなく、料理にアクセントに使います。スープやピクルス液にも活用するといい味が染み出ます」。

大阪の心斎橋・南船場は高級ブランドショップや最先端のカフェが立ち並ぶトレンドに敏感なエリア。活気あふれる通りから1本中に入った静かな場所に、外国人旅行者にも人気のオーガニックベジタリアンカフェがあります。「レ コッコレ」は“本物の食材”にスポットを当て、自然のままのおいしさを楽しむことがコンセプト。皿の上の主役は味も栄養も抜群のフレッシュな野菜たちです。調理はシンプルに、味付けはやさしく。「質の良い食材ほど、手を加えなくてもおいしさが伝わります」と話すのはオーナーの横田朋美さんです。メニューはどれをとっても彩り豊かな野菜がたっぷり。大きめにカットされていて食べ応えも十分です。

「料理には肉や魚、卵など動物性の食品や化学調味料を一切使いません。物足りないと思われるかもしれませんが、けっしてそんなことはないんです。普段は玄米ですら食べない男性が、どの料理にも肉が入っていないことをすっかり忘れて夢中で食べてくださるほど。ニンジンやシイタケ、ピーマンが食べられない人も、この店でなら食べられるのが不思議だと言ってくださいます」。

目を見張るのは一品ごとの野菜の美しさ。シャキッとみずみずしく艶やかで、いつものランチならただの添え付けで終わるリーフサラダも、ここではしっかりとした存在感。「すごくワイルドな味がするとびっくりされるお客様もいます。うちの野菜はそれぞれの個性が際立っていてとっても味が濃い。小さな葉物1枚でも苦みやうま味がくっきりしています。だから食べた人には満足感があるんです」。

栽培にこだわった野菜

奈良の弟さんの畑から届いた野菜たち。表裏色の違う紫蘇や、サツマイモの葉など多種多彩。「わさび菜は辛いだけでなくかなりのうま味があります」。

店で扱う野菜はすべて、皮ごと食べられる安全で安心なものが大前提。奈良で農家を営む横田さんの弟さんが栽培した無農薬のものが中心です。「オーガニックと書いて売られているからといって、すべてがおいしいと約束されているわけではありません。弟が作っている野菜はまず安心できるし、私が知る中ではダントツに味がいいと思っています」。

弟さんの畑が獣害にやられて種類や量が限られるときや端境期には、宅配の自然食材や近くのオーガニックスーパーで栽培にこだわったものを調達することも。「野菜はどこで買っているんですかとお客様から聞かれることがよくあります。そんなときはいつも利用しているスーパーや宅配を紹介しているんです。全国各地から選りすぐった良質な品が集まり、1年中安定して購入できる点では信頼が置けますから。普通のスーパーと比べると自然食品の店はまだまだ少ないし、買い方がわからない人も多いんですよ」。横田さんの発信する味が、自然食と人との距離を近づけています。


母が教えてくれた自然食

自家製の野菜とバジルで作ったお惣菜は、マンゴーとみかんジュースで作ったソースで和えてさっぱりと。

横田さんが自然食に目覚めたのは十代の半ばでした。「我が家では私が小さいときからできるだけ添加物を取らない食事を母が心がけてくれていました。ちょうど私が15、6歳くらいのころに母がマクロビの勉強を始めて、自然食材の宅配に出合って。そのころから本格的に自然食にシフトしていったと思います」。中学生や高校生は質より量。スナック菓子やファストフード、こってり味の揚げ物や焼肉などをおなかいっぱい食べたいと思う時期なのに、不満はなかったのでしょうか。「最初の1ヵ月くらいはずっと文句を言っていましたよ(笑)。お肉料理が少ないとか味噌汁の出汁が薄いとか。でもわりとすぐに慣れて、自然なおいしさがわかるようになりました。いつの間にかコンビニのお菓子やおにぎりは食べたいと思わなくなっていましたね」。ごくたまにナチュラルな製法で作られたハムが食卓に並ぶときは、お母さんが「本当のハムはピンク色ではないんだよ」と教えてくれていたと言い、毎日の食卓が食育の場でした。

「母が自然食に目を向けたのは、私がアトピーだったことと、母が高校生の時に実母をがんで亡くしていることにあります。病気の原因をどこに見出すかは人それぞれだと思いますが、母にとってはそれが食でした」。お母さんが愛情をかけた体にやさしい料理によって、横田さんの体と心はどんどん変化していきます。この体験が今の生き方へとつながる原点となりました。

食の改善で心身と人生に変化

洗うと一層イキイキと艶やかになる自家製野菜。肥沃な大地から受け継いだエネルギーが伝わってきます。

食を自然なものへとシフトさせることで、体が健康になったりポジティブ思考になったり。心身に良い影響が生まれるだけでなく、人生にさまざまな気づきを与えてくれると横田さんは言います。

「私は自然な食を通して興味の幅が広がり、勉強したいことがすごく増えました。食べることを見つめなおすことは、教育や文化、社会、歴史などを見つめなおすことにもつながったんです。たとえば、今の日本がなぜ欧米の食文化になったのかを探っていくと、戦後のアメリカ占領下にあった自国の歴史を振り返ることになります。風土から食べ物をひも解いていくと、日本の文化や昔ながらの生活習慣を知ることもできました。食べ物を見直したことで体と心の変化を実感できた以上に、見える世界が広がり人生がガラリと変わったことのほうが私にとっては大きかったです」。

自分が感じたことや経験したことを多くの人にも味わってもらいたいと思った横田さんは、周りにオーガニックについて語るようになります。けれども、十代の友達たちには怪訝な顔をされるばかり。発信することをすっかりあきらめていました。ところが時代が巡り、世間で食育の言葉が聞こえ始めたころ、伝えたい思いが再燃。今なら打てば響くかもとSEとして勤めていた会社を退職し、シンプルで楽しく気軽に自然食に立ち返ってもらえる方法はないかと食の分野での道を模索し始めます。そして食育のヒントを探しに、フランスへと旅立ちました。


店を持ちたい夢が現実に

自ら内装を手掛けた現在の店内は、女性らしいやわらかな雰囲気。タイルや壁もかわいらしくデコレーションされています。

渡仏前の横田さんは、ほぼ料理の経験がない初心者。飛び込みでフレンチレストランやベーカリーで働き作り手の裏側を知ったことや、日本人のアイデンティティーを取り戻す体験ができたことで、少しずつ具体的な目標が見え始めます。「小さくてもいい。日本で自分の店を持ち、自然食を提供していきたい。私が母の料理から気づきを得られたように、多くの人に自然な食事からさまざまなことを感じ取ってもらえたらうれしい」。

思いが実り、レ コッコレをオープンできたのは29歳のときでした。スタートは今の場所より少し北。大阪市開発公社が運営・管理する船場センタービル10号館の地下です。「女性起業支援とビル再建を目的とした飲食街ができるにあたって出店者を募集していました。その広告をたまたま新聞で目にし、10軒あるうちの1軒がまだ決まっていなかったので企画書を出したところ、運良くOKをもらえたんです」。オープンまでは1ヵ月足らず。準備もままならないバタバタの状態で、ランチメニューに載せた料理は2種類でした。1つがカレー。もう1つが今では店の定番メニューになっている重ね煮のリゾットです。

店の味を支える重ね煮

自家製のスクナカボチャをベースに、キノコやタマネギを重ね煮して作ったソースでリゾットにした秋限定の一品。重ね煮ならではのうま味を生かして。夜メニューのカレーはランチものとは変化をつけ、日本酒や酒粕を加え米粉でとろみをプラス。やさしさの中にコクが広がります。

重ね煮は野菜本来が持っているうま味を最大限に引き出すシンプルな調理法のこと。東洋の自然観である陰陽論に基づき考案されました。手順はとても簡単です。イモ類、キノコ類、根菜類などの野菜をカットし、決められた順番に鍋の中で塩と重ねて火にかけるだけ。あとはふたをして、じわじわと野菜から染み出る水分だけで蒸し煮にしていきます。アクですらおいしさのエッセンスに変えてしまうのが重ね煮の魅力です。

横田さんがこの調理法に出合ったのは、店を始める少し前のこと。野菜から生まれるスープの底知れぬ深みと、たとえようのない素材の甘さに感動し、家でも頻繁に作っていました。自然な食のすばらしさを一番ダイレクトに伝えてくれる重ね煮こそオープンのメニューに好適。重ね煮の基本をベースにアレンジを加え、オリジナルのリゾットにして出したところ評判に。以来、お客さんに長く愛される味となっています。

旬には手をかけすぎない

ワインに合うディナーのデリ盛り合わせ。紫芋のコロッケ&ピーマンソースや根菜のサラダ&いちごとトマトのソースなど、ワクワクするほどカラフル。

「うちで食事をした後は体が軽くなるとか、お通じが良くなると喜ばれているお客様の声を聞くとうれしくなります。まかないを食べているアルバイトの子も、体調がどんどん変わって元気になっています。まだ働けると無理をして、逆に体を壊しちゃうんじゃないかってこっちが心配してしまうくらい(笑)」。

重ね煮のように、調理法一つで食材のエネルギーや魅力は倍増し、体に与える影響も変わるという事実を横田さんは自分の目で確かめてきました。だからこそ作り手として頑なに守り続けていることがあります。素材の魅力を損ねると言われているアルミ製やテフロン加工の調理器具、電子レンジは使わないのがセオリー。同じ食材であっても季節に応じて体が喜ぶ調理法に変え、食べる人への思いやりを忘れません。

横田さんによれば、夏は体がこもった熱を外に放出しようとするので、トマトやキュウリなどの水分の多い野菜を、時折生で取り入れ体を緩ませて正解。「日々の食卓には、野菜を塩で軽くもんで浅漬けやマリネにし、火を通さないで食べることがおすすめです」。また火を通す調理のときは「短時間でさっと」がコツだそう。一方、冬は寒さに負けないよう体が熱を貯め込もうとします。そのため、ニンジンなどのぎゅっと身の詰まった野菜を鍋の中でじっくり火を通すなどして、しっかりと熱の入ったものを食べるのが好ましいのだそうです。「同じ食材を同じ方法でばかり食べていると体がなまってきます。秋になるとちょっとクリーミーなものが欲しくなったりしますよね。季節ごとに体がおいしいと感じる食べ方は理にかなっていると思うんです」。

旬の食材を手を加えすぎることなく食べることこそ、自然のままのおいしさを楽しむことの本質です。


食べ物の合う・合わないを知る

色とりどりのお惣菜は目も楽しませて食欲をそそります。

長らく続く健康食ブームの中で、新しい情報が日々更新され氾濫している今。横田さんはそれらを鵜呑みにして生活に取り入れることが、かえって健やかな体を遠ざけてはいないかと警鐘を鳴らします。

「人と食べ物の関係には合う・合わないがあります。テレビや雑誌でこの食材をこうやって食べると体調が改善されますよと言われていたとしても、誰にでもおすすめできるわけじゃない。万人受けする食べ物はないと思ったほうがいいです」。たとえば、美容やダイエットを目的に飲んでいる人が多いスムージー。「基本的に生の野菜を撹拌して調理することは、陰陽論で考えると体を冷やす食べ物にすることになります。これは何十キロものジョギングを日課にしているような筋肉質で熱量の多い人ならいいですが、冷え症の人には不向きです。マクロビを実践している中にも、毎日茶色い煮物や玄米ばかり食べている人がいます。一時的には体調が改善しても、偏った食事を続けることで結果的に悪い方向に傾くこともあるでしょう。体は日々変化しているので、ずっと良い影響を与え続けるとは限らないんです」。

横田さん自身も体に合わない食材でたびたび苦い経験をしてきました。人よりかなり敏感な体質であるがゆえに、厳密に作られたオーガニック食材ですらアレルギーや気管支炎の引き金になることがあるそうです。「体調不良で病院に行き検査をしても原因がわからないときや、単に過労やストレスで片づけられてしまったときは、毎日の食を疑ってみてください」。何気なく食べているものの中に、実は不調の元が隠れていているかもしれません。

人も自然の一部と認識して

動物性食品をまったく使っていないバースデイケーキ。クリームは豆腐やココナッツオイルなどで作られています。

最近はファストフードやスナック菓子、ケチャップやマヨネーズをたっぷりかけた濃い味付けの料理に舌が慣れることで味覚が鈍くなる、味覚障害を持つ子どもたちが増えています。味覚障害は単に味がわかりにくくなるだけでなく、将来的に健康にも悪影響を及ぼすと考えられ、けっして軽視はできません。ますます危うくなる日本人の食を救うために毎日の食卓から取り組めることはないのでしょうか。

「まずはお母さんたちが料理を手作りし、パンではなくごはんを中心とした献立に変えることです。それだけで食卓の印象が変わってくると思います。パンに合う料理となるとどうしても脂っぽいものに偏りがち。こってりしたソースをかけると素材の味もわからなくなってしまいます。でも日本のお米は炊くだけでおいしいし、シンプルなおひたしなどの副菜にお味噌汁を添えるだけで十分。欲を言えば、基本の調味料である塩、しょうゆ、味噌はちょっと値段が高くても手のかかった天然醸造のものを選ぶことをおすすめします」。凝った料理を覚えたり栄養学を学んだりする必要もなし。日本人の昔の和食に立ち帰るだけでいいと横田さんは言います。

「人も自然の一部。宇宙のすべてをいまだ解明できていないのと同じくらい、人の体もまた複雑で神秘的だと思っています。だから食も栄養学など部分的なことにとらわれてばかりでなく、自然に沿うことが大事なのではないでしょうか。できるだけ自然な食べ物を自然な方法で食べることを心がけるだけで、解決できることはたくさんあるはず。私はそう信じています」。

(2016年11月 取材・文 岸本 恭児)