黒門市場商店街振興組合

昨年、日本を訪れた外国人旅行者の数は1974万人となり、今年になってからも加速が止まりません。リピーターが増加し、旅行者たちの関心は今「爆買い」からレジャーや食事などの「コト消費」へと移っています。その流れがここ、大阪・黒門市場にも……。

黒門市場商店街振興組合

大阪市中央区日本橋2丁目4-1 06-6631-0007
http://www.kuromon.com
黒門市場組合が成立したのは昭和23年のこと(組合自体は戦前もあったが詳細は不明)。昭和27年に黒門市場振興組合に名称を変更し、昭和50年には黒門市場商店街振興組合として法人化。バブル崩壊後、昔と比べると静かになった商店街をインバウンド向けへと大胆に転換。にぎわいを取り戻したことで脚光を浴びる。今日の黒門市場の活気は、街の活性化はもちろん、日本の観光産業の飛躍にも大きく貢献している。

大阪一、活気あふれる市場の今

お話を聞かせてくださった黒門市場商店街振興組合理事長の山本善規さんと理事の北口雅士さん。北口さんは黒門の歴史にも詳しい人。

時が過ぎるのは早く、もう師走。街は次第に慌ただしさを増し、年末年始の買い出しに追われるころとなりました。東京の築地、京都の錦、大阪の黒門といえば、誰もが知る日本の3大市場。なかでも黒門市場は、プロの料理人が頼りにする大阪随一の一流食材の宝庫として栄えてきました。ところが最近は、何やら通りが様変わりしているとのこと。さっそく行ってみることに。

大阪市中央区の南に位置する黒門市場は「浪速の台所」「大阪の胃袋」などと呼ばれ、古くから親しまれてきました。地下鉄千日前線「日本橋駅」を降りて地上に出ると、すぐに入口が見えてきます。市場の総延長距離は580m。キの字型に伸びる通りには160店舗ほどがひしめき合い、威勢の良い声が響きます。それにしても、どこもかしこも人、人、人。行列ができている商店もあります。今日は平日で、イベントや売り出しもないはず。この盛況ぶりは、いったいどういうことなのでしょう。

外国人観光客に大人気の食べ歩き

1枚5000円もする神戸牛をその場でグリル。カットして爪楊枝で食べている中国人が多いこと。日本人との文化の違いを実感。日本のフルーツはクオリティが高いと外国人に評判。洗わずそのまま食べられる安心感も人気に拍車をかけています。

「今日はまだすっと歩けたのでマシなほうですよ。台風の影響があって、昨日は飛行機がこっちに飛んでないからね。最近は毎日が年末の大売り出しみたいなもん!」と満面の笑みで話すのは、黒門市場商店街振興組合理事長の山本善規さん。行き交う人々を観察してみると、手には皆スマホやデジカメ。重そうなバックパックを背負った人やスーツケースを引きながら歩く人も見かけます。商品のそばに置かれたタグには、日本語と共に英語や中国語も表記。そういえば、さっきから耳慣れない言葉も飛び交っているような……。

黒門市場はここ数年の間に、外国人観光客向けへと大きく転換。店先に並ぶ新鮮な魚介類や高級な黒毛和牛は購入するとその場で店員さんが焼いてくれるシステム。八百屋では季節野菜に代わり、ひと口サイズのパイナップルやイチゴがプラスチックカップに入って置かれています。通りには買ったものをシェアして食べているグループや、店の奥にセッティングされた簡易テーブルとイスに腰掛け、のんびりと食事を楽しんでいる人も。立ち込める匂いや熱気はアジアの屋台さながら。「浪速の台所」はいつの間にか、店を巡りながら食べ歩きを楽しめる、外国人観光客に話題のスポットとなっていました。


市場は絶頂期から低迷期へ

「伊勢屋」と同じく黒門で商売を100年以上行っている店はまだ4、5軒は残っているそう。後継者が絶たないことも黒門の繁栄が衰えない一因です。

戦時中は配給制度のもとで営業を続けていたものの、昭和20年の空襲で黒門市場は壊滅状態に。しかし大阪府の払い下げバラック住宅を建設し、戦後の焼け跡からいち早く復興を遂げました。戦後はミナミのネオン街の活気とともに再び繁栄期を迎え、最大で190店舗が営業。プロの料理人たちが集う大阪の台所として大きな役割を果たしてきました。それが一転、バブルの崩壊で大打撃を受けます。

「得意先やったキャバレーや料理店などが軒並み閉店に追い込まれてしもてね。一時は黒門の店舗数もぐっと減って客足もだいぶ鈍りました。来場者数が最低やったのは2012年で1日1万8000人程度。実際に買い物をしてくれる人はもっと少なかったので、当時はこのままいくとどうなるんやろと心配もありました」と山本さん。山本さんは漬物・味噌の専門店「伊勢屋」を営み100年余りになる老舗店の店主でもあり、黒門市場の変遷を代々見守り支えてきた1人です。2015年の来場者数は平日で1日平均2万3000人にまで伸び、山本さんは東京オリンピックに向けてさらなる増加を期待しています。


外国人観光客を呼び込む努力

鮮魚店の店先には、大振りなカキやウニが殻付きで並んでいるのがもはや当たり前。1個3000円を超えるような高級ウニも飛ぶように売れるそう。

黒門市場の未来に多くの店主たちが危機感を抱いていた2012年、2つことがきっかけで外国人観光客に目を向けた商売を始めることになります。「1つは黒門市場のとある鮮魚店が上海に支店をもっておられて、インバウンドに関する情報を知らせてくれたこと。もう1つは、仕事で中国に精通している人が、これからはもっとアジアからの客が大阪にやってくるとにらんで、黒門市場に出店したこと。今後は私らも国内だけでなく、海外を意識して商売をしていかなあかんのやと思うようになりました」。

海外のお客さんを呼び込むには仕掛けも必要です。そこで真っ先に目を付けたのは、爆買い目当ての中国人観光客を乗せた観光バス。近くに電気屋街があり、毎回市場の入口付近にバスを停車させ、乗客を乗り降りさせていました。そこで、目立つところに大きなちょうちんをぶら下げ、中国語で「いらっしゃいませ」と書いた幕を張って気を引く作戦に。すると珍しがる中国人たちが写真を撮るようになり、通りにも流れが向くようになりました。また、各商店を紹介する冊子の外国語版を作製。近隣の宿泊施設や観光案内所に配布し、魅力をアピールしました。最近では、トイレやごみ箱を設けた無料休憩所に、無料Wi-Fiの環境も整備。店主たちは商売に必要な英会話まで習っているそうです。こうした努力が結実し、黒門市場に行けば安全でおいしい日本の食があるという評判がSNSなどで拡散。近年は来場者の3分の2以上を外国人観光客が占め、にぎわいを支えています。

ガイドツアーの試食に注目

イートインスペースがあるお店もあります。その場で焼いたり調理したりしてくれるので外国人観光客に好評なのだとか。

今ではすっかり黒門市場の名物となった食べ歩きですが、そのスタートは日本人客へのサービスとして行っていた試食だったといいます。黒門市場の魅力をもっと知ってもらおうと、数年前から取り組みはじめた日本人観光客向けの無料ガイドツアー。山本さんなど組合の人がガイド役を務め、市場内を1時間かけて巡ります。ただし、店や商品の紹介はしないのがポリシー。「何を売っているかなんて誰が見てもわかるやないですか。私らは黒門市場の歴史や由来、店の人物に焦点を当て、表からはわからない市場の裏側を伝えるようにしてます。もちろんジョークも交えながらね(笑)」。

匠な話術と内容の濃さが聴き手の心をつかみ、おもしろいと大ウケ。「ツアー自体に利益は生まれませんが、ありがたいことに話を聞いた後に皆さん買ってくださるんで、結果的に市場全体の売り上げには貢献できてます。市場は全国どこにでもあるし、売っている商品にさほど変わりもないからおもしろいことなんか何にもないやろと思てました。でもそう思てるんは実は商いをしている私らだけ。見方を変えるとお客さんにとって目新しいことはたくさんあるんやね」。

山本さんはツアーの最中に話を忘れてしまうこともあるそう。そんなときは決まって、場をつなぐための試食を店の人に用意してもらっていました。その様子を外国人観光客が見ていて、私も食べたいと言うようになったことから、市場の中に食べ歩き用の食を提供する店が広がっていったようです。


鮮魚店が多い理由とは

鮮魚を扱うお店は約40店舗あるそうです。

新店が参入したり、既存の店が商売替えをしたりと、目まぐるしく変わる市場内。そのなかで鮮魚店の数の多さだけは昔も今も変わりません。現在も全体の4分の1にあたる40店ほどが看板を掲げ、鮭、マグロ、フグなどを扱う専門店も目立ちます。ではなぜ、黒門市場に鮮魚店が集うようになったのでしょうか。その理由を、新巻鮭・数の子を専門に取り扱う「北庄」の店主・北口雅士さんが教えてくれました。

「昔は中央市場から仕入れてきたもの以外に、泉州や伊勢あたりの良い漁場から直接黒門まで魚を運んでいました。各店の店主に実家はどこかと聞いてみたら、やっぱり泉州、伊勢あたりが多い。こうした優れた産地の人たちが集まって商売を始めたことが黒門の前身になっているので、自然と鮮魚店が多くなってしまったんです。各店がより良いものを仕入れようと努力を惜しまなかったことも、今日の市場発展の基礎になっていると思います」。

得意先には特別感と安心感を

魚介の中でもマグロやエビなどの赤い食べ物は中国では縁起が良いらしく、よく売れています。

ところが、外国人観光客の要望に応えるべく、ほとんどの鮮魚店は商品を一変。旬の魚が目を輝かせていた場所には、殻付きのカキやウニが山盛り状態。串に刺したホタテやエビもズラリと並んでいます。マグロ専門店のショーケースは、一面トロや赤身の握りずし。中国や香港などアジア圏の富裕層には高いものほど売れるというのだから、店側がなびくのも仕方のないことかもしれません。

しかしこれでは、長年贔屓にしてくれていた得意先がいい顔をするわけがありません。取引を辞めてしまうところも出てくるのでは?「いえいえ、どの店もお得意さんとはずっと変わらない良好な関係を築いてますよ。今は魚を店頭に並べていても鮮度が落ちるだけなんで、どこもわざと置いていないだけ。実はお得意さん用に喜んでもらえるものをしっかりと仕入れているんですよ」。お得意さんの顔が見えると「まいど! 今日はこんなん入ってまっせ」と、奥の冷蔵庫からさっと出してくるのが今流の商売のやり方なんだそう。以前よりも顧客の特別感や満足度を高め、食の安心・安全にもつながっているといいます。

昔ながらの商売を守る店も

すっかり変貌を遂げた黒門市場ですが、すべての商店が外国人観光客に傾いたわけではありません。外国人には一切目を向けず、日本人のお客さんを大事にし、昔ながらの黒門の商売を頑なに守っている店も少なからずあります。その中から数軒を山本さんに案内してもらい、店の方々に商売に対する思いを聞いてみました。

〔近藤商店〕
「手づくりの惣菜屋をやってきて今で3代目。昔ながらの素朴な味付けを好んでもらってます。毎日数十種類出すけど、夕方近くになるとショーケースはほとんど空っぽ状態やね。うちはずっと昔からのお客さんやご近所の主婦層を大事にしてきたから、これからもこのままでやっていくつもり。外国人にお惣菜を売ってみてもねぇ」

〔魚平〕
「うちは黒門の中では新しいほうの店。実は一時期、周りの鮮魚店と同じように外国人向けのウニやらを並べてみたけど、あるとき年配の常連のお客さんが、外国人の立って食べている姿に眉をひそめるのを見て辞めました。日本人のお客さん中心でやっていくほうがうちには合っている気がするしね」

〔黒門丸一〕
「もう60年くらいここで商売をやってるけど、ずっと一般のお客さん一本。今後も変わることはないねぇ。質の良い魚を仕入れてさばいて、奥さん方が家で調理しやすいように売るのがうちのやり方。特に人気は味噌漬けかな。聞かれたら魚のおいしい食べ方も教えてますよ」

このほか、マグロ専門店の「魚丸」やなにわの伝統野菜をお惣菜にして販売する「招福庵」も、あえて外国人観光客主体の商売はしないスタイルを貫いていました。

昔ながらの商いやお客さんとの関係を大事にしながらも、時代の流れに沿って進化を続ける黒門市場。多くの外国人が今魅力と感じる日本のスポットは、日本人にも新たな刺激を与えてくれるはず。年末は買い物がてら、にぎわいを体感しに出かけてみるのもいいかもしれませんね。

(2016年10月 取材・文 岸本 恭児)