御菓子司 本家菊屋

豊臣秀吉の実弟・秀長の居城だった奈良県の郡山城。その城下町に、秀吉と秀長に愛された和菓子店があります。400余年の時を超え、現在も昔の面影を残して暖簾を掲げている「御菓子司 本家菊屋」を訪ねました。

創業当初から変わらず同じ場所にある本店は、嘉永7年(1854年)に起こった大地震で蔵だけを残し倒壊したものの再建。街のシンボルとなっています(画像上)。天井は型抜きに使う木型で埋め尽くされています。これらはディスプレイではなくすべて現役。菓子職人たちが手入れをしながら大事に使っているそうです(画像下)。

秀吉のために創製した餅菓子

奈良の老舗和菓子店である御菓子司 本家菊屋。代々伝わっているロングセラー菓子の中でも代表する一つと言えば「御城之口餅(おしろのくちもち)」です。甘さ控えめに炊き上げたつぶあんを、餅に包んで小さく丸めたあと、たっぷりのきな粉をまぶした一口サイズの菓子。初代・菊屋治兵衛氏が考案し、奈良の名物として愛され続けている逸品です。

その誕生は天正13年(1585年)。治兵衛氏が豊臣秀吉の弟であった豊臣秀長に連れられ、大和の国に行ったことに始まります。秀吉をもてなす茶会に珍味を作るように命ぜられた治兵衛氏は知恵を絞り、当時貴重だった砂糖を使って甘い餅菓子を作り上げました。秀吉に献上するとたいそう気に入り、「鶯餅(うぐいすもち)」と命名。これが現在の鶯餅の原型になったとも言われています。

季節の彩りを映した上生菓子。繊細な意匠には菓子職人たちの伝統の技と心が息づいています(画像上)。画像下は代々受け継がれている木型を使って。優雅な形と上品な味わいは時を経ても色褪せません。

御城之口餅と名付けられた訳

ではなぜ鶯餅から御城之口餅と名称が変わったのでしょうか。その理由を、26代目店主の菊岡洋之さんが教えてくれました。

「弊店が御城の大門を出て町人街の一軒目であったことから、城の入口で売っている餅ということで、皆がいつのころからか城之口餅と通称で呼ぶようになりました。それが菓子の名前として定着したようです」。

明治・大正時代に出版されたグルメガイド本にもおいしいものとして紹介されるほど大人気だった御城之口餅。地元のおばあちゃんが幼いころは、子守唄にも歌われていたという微笑ましいエピソードも残っています。

店頭に置かれた菊花の紋の茶釜。昔は御城之口餅を店内で食べる際に振る舞われていたお茶の湯を沸かしていたとか(画像上)。本店のある大和郡山市が金魚の産地として有名なことから生まれた菓子「金魚すくい」。箱にも遊び心を散りばめています(画像下)。

「変化と誠実」があってこそ

本家菊屋の菓子に魅了された歴史上の著名人は秀吉や秀長だけではありません。大名茶人で有名な柳澤堯山(やなぎさわぎょうざん)もその一人です。本家菊屋のお菓子を食べ「一口残(あまりにおいしいので後で食べるのに一口分だけ残しておこう)」と書に残すほど、その味に惚れ込んでいたようです。

伝統の味が昔も今も多くの人に愛されている訳を菊岡さんに尋ねてみると、特別なノウハウや秘伝があるわけでもなく、ただ変化を厭わず誠実にやってきたからとのこと。

「菓子にもトレンドがあり、人の舌は変わっていくもの。老舗であっても時代に合わせて変化することは大事だと思います。そのうえで基本には忠実に、原材料はその時々の良いものを使い、決して味をごまかさないことが一番ではないでしょうか」。

本家菊屋のおすすめ

御城之口餅

国産の上質な素材を選び、もち米をついて作っています。シンプルで素朴な味の中に老舗のこだわりを体現。

菊之寿

白小豆に福白金時をブレンドした贅沢な黄味あんを洋風生地で包み、専用のオーブンで焼き上げた品。しっとりとした食感でコーヒーにもぴったり。

つみ小菊

奈良県の特産品である吉野本葛に和三盆の穏やかな甘さを合わせた干菓子。すっと溶けていく滑らかな口どけが印象的。

雅なパッケージ

奈良らしく正倉院文様のデザインを施したパッケージは雅やかでモダン。贈り物にも喜ばれること間違いなしです。

DATA:

御菓子司 本家菊屋

奈良県大和郡山市柳1-11(本店)

TEL 0743-52-0035

営業時間 8:00〜19:30

定休日 1月1日

公式HP http://kikuya.co.jp

本家菊屋 からのメッセージ

当店のお菓子はデパートの催事にも出店し、全国を巡っています。菓子職人が手仕事で作っているカラフルでかわいらしい「金魚すくい」にもぜひ会いに来てください。

【取材レポート】

取材終わりに店頭でお茶と御城之口餅をいただきました。口に入れると餅が舌の上でするりと溶け、あんの優しい甘さときな粉の香ばしさがしみじみとおいしいこと。店内を吹き抜ける風の心地良さにも癒されました。昔は街道筋を行き交うたくさんの人々が一服するために立ち寄ったとか。風情ある佇まいに当時の賑わいを重ねつつ、しばしタイムスリップしたかのような気分を味わえました。