大黒

数種類の具材を米と合わせて炊く料理を、関東では五目ごはんや炊き込みごはん、関西ではかやくごはんと呼びます。かやくごはんは関西人の出汁文化が発展させた家庭料理。老舗の腕にかかると見事な味へと昇華します。

昭和が香るたたずまいは通りに1軒だけ。周囲の活気とは反する静かな時が流れています。まずは煮物や焼き魚を注文し、好きな酒で一杯。かやくごはんと味噌汁でシメるというのも粋な食べ方。

100年経っても変わらない

偉大な文化人たちの舌を魅了し、時代を超えてなお根強いファンに支えられ続けるなにわの味があります。明治35年創業の大黒。道頓堀川からほど近く、繁華街からわずかに外れた通りにあり、小さく掲げた看板が控えめに存在を知らせてくれます。

看板の味は創業時からぶれずにかやくごはん一本。「昔はこれに味噌汁と焼き魚、大根おろしくらいをお出ししていました。かやくごはんは具が入っているので本来はそれだけで十分。でも時代の流れの中で、煮物などのおかずも自然と増えていきました。二代目だった主人が亡くなってからは、私の手でできる限り。かやくごはんに合う素朴なものが多いです。お客さんの半数以上は若い人なんですよ。こってりしたもんより、結局はおふくろの味が落ち着かれるんですかね」。メニューを見ながら穏やかに語るのは二代目の奥様です。現在、かやくごはんは三代目である長男に任せ、受け継いだのれんをしっかりと守っています。

格子の向こうが厨房になっている趣のある造り。戦前は道頓堀川に面した場所に店を構えていたそう。

素朴さにふわりと香る上質

大黒のかやくごはんの具はいたってシンプル。香りつけのごぼうにコク出しの油揚げ、歯ごたえを与えるこんにゃくの3つのみ。これらを米粒と同じくらいの大きさにまで細かく手で刻み、ごはんとの馴染みをよくします。この仕込みの作業が実は大変だと奥様。「特にごぼうは硬くてね。毎日包丁を研いでおかないと肩が凝ってしまうんですよ」。

具がシンプルなぶん出汁は上質な素材でしっかりと。欠かせないのは利尻産の昆布と数種類をブレンドした鰹節。高い香りと何層にも重なったうま味がかやくごはんを極上の味へと押し上げます。米は新米でなく、あえて硬質米を選ぶのにも深い理由がありました。「新米は米自体に水分を含んでいて具材から出た水分と合わさると炊き上がりがべちゃっとなってしまいます。米が水分を吸収すると味に直接影響するので、保存にもずいぶんと気を使うんですよ」。

火加減に注意を払いながら羽釜で直火炊きするのも味を鈍らさないための基本です。焦がさずふっくらとした口当たりに炊けるのは、実直に磨いてきた技があってこそ。三代目は釜にしゃもじを入れただけでその日の炊き具合がわかると言います。

テーブル席が2つのこぢんまりとした店内。相席で肩を寄せ合いながらいただくのも乙なもの

まっすぐに向き合ってこその味

さて、愛情たっぷりのかやくごはんをいよいよ賞味。米一粒一粒にたっぷりと出汁がしみ込んで、噛むほどにふくよかな風味が広がります。具もそれぞれに役割を果たし、食感のバランスが絶妙。食通で知られる作家・池波正太郎が自身の作品に登場させるほど、素朴ながら計算されつくしたこの味に魅了されたというのにもうなずけます。

「常連さんたちは皆、大黒の味はほっとすると言ってくださいます。口にするたび家に帰ってきたような安心感があると。大阪は食の街でおいしいもんがたくさんある中でうちを選んでくださるのは、ほんまにありがたいことですね」。

最後に、大黒のかやくごはんが多くの人に愛される秘訣を聞いてみました。「そやねえ、味が変わらんように維持していくのは想像以上に難しいことですけど、まじめに手抜きせんとやってきたからとちゃいますか。これからもその姿勢を大事にしていきたいですね」。

大黒のおすすめ

かやくごはん

蓋付きの椀を開けるとふわりと立ち上る出汁と海苔の香り。上品な味わいに箸が進みます。たっぷりと盛られていて食べ応えも十分

DATA:

大黒

大阪府大阪市中央区道頓堀2-2-7

TEL 06-6211-1101

定休日 日曜、月曜、祝日

営業時間 11:30~15:00、17:00~20:00

大黒 からのメッセージ

代々受け継がれてきた味をこれからも守っていくことこそ私たちの大事な仕事だと思っています。大阪の昔ながらの味をぜひご堪能ください。

【取材レポート】
2017年度のミシュランガイドではビブグルマンに選ばれ、昼時を過ぎても客足は衰えず繁盛ぶりがうかがえた大黒。テーブルを見ると、多くの皆さんがかやくごはんと一緒に舌つづみを打っていたのは味噌汁と焼き魚でした。魚も素材から吟味し、どんなに忙しい時間帯でも注文が通ってから直火で焼くのがこだわり。揺るぎないポリシーが老舗の味を支えています。日によっては早々に売り切れてしまうこともあるそうなので、早い時間帯に訪れることをおすすめします。