淡路麺業

生パスタはイタリアの家庭の味。日本人にはなじみの薄い食材でしたが、近頃は専門レストランも登場し、身近に楽しめるようになりました。もちもちとした食感はクセになるおいしさ。生パスタの魅力をもっと広めていきたいと情熱を注ぐ淡路の製麺会社を訪ねました。

淡路麺業

兵庫県淡路市生穂新島9-15 0120-161-820 https://www.namapasta.net/
1909年にうどん屋「氷室商店」として創業。地元に愛される味として成長し、1968年には島内5つの製麺屋が集まり「淡路麺業」を設立。工場を持ち、製造の効率化と品質向上に励む。2007年より5代目社長出雲文人氏が生パスタの研究に着手。先代から受け継がれてきた麺づくりへのこだわりを大事にしながらも、新たな可能性を追求していく。同社が製造する生パスタは徐々に評判を広げ、全国に販路を拡大。2015年に新工場を設立し、現在は北海道から沖縄までおよそ1800軒の取引先を持つ。

今注目の淡路島産生パスタ

40種類にも及ぶ淡路麺業の生パスタ。風味豊かでもちもちとした食感が多くの人を虜にしています。

瀬戸内海の静かな波間に浮かぶ淡路島。古事記や日本書紀には、日本列島で最初に誕生した島と記され、国生み神話にまつわる言い伝えが数多く残されています。豊かな自然と温暖な気候にはぐくまれた山海の幸は極めて良質。平安時代までは「御食国(みけつくに)」として皇室や朝廷に食材を献上してきました。現在も玉ねぎや淡路ビーフなど絶品の特産品がそろう食材の宝庫として知られています。

なかでもこのところ話題となっているのが島生まれの生パスタ。創業108年を迎えた老舗製麺会社「淡路麺業」が手掛けています。淡路麺業はうどん製造業に始まり、地域に根付いた商売を長年地道に行ってきました。しかし食へのニーズが多様化するなか、うどんの売り上げは1990年を境に年々落ち込むばかり。行く末を案じた5代目社長・出雲文人さんは生パスタの可能性に着目し、これまで培ってきた製麺技術を足掛かりに2007年より製造に乗り出しました。

未知なる麺への挑戦

もっとも一般的なスパゲッティ。生麺は低温で製造しているため調理をしても小麦粉の高い風味が感じられます。

日本でパスタといえば、長期保存や持ち運びに便利な乾麺が主流。出雲さんが生パスタづくりを始めたころは一部の高級レストランでメニューに並んでいる程度で、まだまだ知名度の低い食材でした。実は出雲さんもパスタ料理にはなじみが薄かったとか。

「実家がうどんやそば、ラーメンを作っていたために小さいころから麺と言えばそればかり。パスタは自分の中で唯一未知な食べ物でした。まずは海外からパスタを取り寄せたりレストランを食べ歩いたりするところから始めて、とりあえず自分で作ってみようと。暗中模索のなか試作品を作っては食べての繰り返し。500種類くらい作ったところでだんだん方向性が見えてきました」。

自分の舌と技術に揺るぎない自信を与えてくれたのは、ウェスティンホテル淡路の当時の料理長でした。「料理長は自分でも手打ちでパスタを作っていました。試作品を食べてもらい、さすが麵屋さんやねとお墨付きをもらったときは本当にうれしかったです」。

料理長の一言に背中を押され、出雲さんは自社の生パスタを売り込むため営業を始めます。しかし一筋縄ではいきませんでした。


始まりは苦難の連続

2015年にオープンした生パスタ工場の内部。こちらで1日3万食の生パスタが生まれています。

淡路麺業の取引先はそれまで島内のうどん屋など個人の飲食店が主。生パスタを取り扱ってくれるような店はなく、売り込むと言っても何のつてもありません。とにかく動いてみようと始めたのが電話営業でした。

「ひたすら電話帳をめくって“あ”から順番に電話をかけ、了承を得られたところにサンプルを送る毎日。けれども取りあってくれるところは少なく、100軒に1軒OKをもらえるか否かでした。サンプルを送った先でも手ごたえが得られず、苦しい時期もありました」。

それでもあきらめず電話営業を続け、イベントなどに出店しているうちに少しずつおいしさを分かってくれるところが増えてきました。手ごたえを感じ始めたころ、主力商品をうどんから生パスタに転換。2015年に新設した自社工場では1日3万食を製造し、北海道から沖縄まで約1800軒に卸すまでになりました。

乾麺にはない風味と食感

製造に携わっているのは若手スタッフが中心。衛生管理にも目を光らせ、安心・安全な生パスタを作っています。

生パスタは乾麺のように製造工程で熱を加えて乾燥させないため、小麦粉本来の風味をキープすることができます。さらに、もっちりとした独特の歯ごたえと粘りのあるコシを備えているのが最大の魅力です。淡路麺業では現在40種類の生パスタを製造していますが、種類ごとに水や小麦粉の配合を調整するなど個性を際立たせるひと手間を惜しみません。

「当社では理想の生パスタの状態を“プリッ、もちっ、ぎゅ”と表現しています。パスタの場合、形状によっても食感に違いが生まれるのが他の麺にはない特色。たとえばロングパスタでも太さを微妙に変えることで弾力の強さを引き出せたり、日本人好みなもちもち感をアップさせたりすることができます」。

また、乾麺のように表面にコーティングがされていない生麺は、ソースのうま味が麺の中にしみ込みやすく、一体感を作りやすいのもメリット。噛むほどに深い味わいと香りが口の中に広がり、濃厚なおいしさを生み出します。

生パスタの調理方法を指導

シェフやレストラン経営者が参加する調理講習会の様子。ポイントを押さえた指導で誰でも一流の味を出せるようになるそう。

多くの魅力を持つ生パスタですが、調理方法は乾麺と異なり、コツをつかまなければポテンシャルを引き出すことはできません。出雲さんが電話営業をしていたころ、サンプルを送った先のシェフに「作ってみたけれどおいしくない」と言われ続けた理由もそこにありました。

「私は自社の生パスタの味に絶対の自信を持っていましたが、おいしくないと言われても何も言い返すことができず、どうしてなのかと悩みました。でもよく考えてみると、生パスタの調理方法は独特。乾麺と同じ要領で作るとソースの味が濃く出すぎたり、麺がベチャッとしてしまいます。レシピも付けずサンプルを送っていたことを反省し、生パスタのことをきちんと理解したうえで作ってもらわないと本来の良さが伝わらないと実感しました」。

調理指導の重要性を感じた出雲さんは研究を進め、作り方のポイントを伝える調理講習会を事務所内にあるキッチンスタジオなどで定期的に実施。料理経験の浅い人でも短時間でコツをつかめ、トップシェフの味に劣らない生パスタ料理を作ることができるようになると言います。

「私たちは経験の中で誰でもおいしい生パスタを作ることができるノウハウを培ってきました。知識や技術は惜しみなくオープンにし、生パスタのおいしさを正しく伝えてくれる店や人を少しでも増やすことが目標です」。


直営の生パスタ専門店

直営レストラン「Pasta Fresca DAN-MEN」。レストラン内には工場で製造している生パスタが並び、お土産として購入することもできます(写真上)。見た目にもかわいらしいショートパスタを使った一皿。溝が深くソースが絡みやすいのが特徴です(写真下)。

本社工場の隣には直営レストラン「Pasta Fresca DAN-MEN(パスタフレスカ ダンメン)」があります。出雲さんの「より多くの人に生パスタ本来のおいしさをきちんと伝えたい」という思いからオープンさせました。淡路麺業は地元の人から親しみを込めて「淡麺(ダンメン)」と呼ばれており、店名はそこから名づけたものだそう。今では島外からもお客さんが押し寄せ、ランチ時には行列ができる人気店へと成長しています。

大きなガラス窓を配した店内にはやわらかな光が降り注ぎ、すべての席から海が望める絶好のロケーション。工場で製造されている生パスタのサンプルがまるでオブジェのようにズラリと並び、目を楽しませてくれます。メニューに並ぶ料理はもちろん、自社製のフレッシュな生パスタが主役。淡路島で獲れた旬の魚介や地元農家が丹精込めて作った野菜などをたっぷりと合わせ、シェフが一皿ごとに島ならではの味を表現します。同じ食材やソースでも、パスタの種類によって変化する味わいを楽しんでもらいたいと、メニュー表にはいくつか相性の良いパスタを挙げて記載。お客さんの好みによって選べるようになっています。

生地に圧力をかけ金型から押し出して作るスパゲッティやリングイネ、平打ち麺のフィットチーネやタリオリーニ、ユニークな形のショートパスタなど、組み合わせ方次第で幾通りにもバリエーションが広がり、食べる側を飽きさせません。野菜や魚介のエキスを存分に吸った生パスタは何ともふくよか。跳ね返すほどの弾力と香り高い粉の風味は食材と合わせることで一層くっきりと輪郭を表し、口に運ぶたび幸せな気持ちにさせてくれます。

国産デュラム小麦を栽培

淡路島で本格栽培に乗り出したデュラム小麦。日本の生パスタの可能性を広げてくれる大きな存在です。

生パスタの製造が軌道に乗ると、出雲さんのもとには国産の小麦でも作ってほしいという依頼が舞い込むようになりました。

「すでに流通している国産小麦でおいしい生パスタができないこともありませんが、乾麺にはデュラム小麦が使われているのが一般的。その味を食べ慣れている日本人は国産小麦のパスタにどことなく物足りなさを感じてしまいます。やはり生パスタもデュラム小麦で作るのがベスト。けれども国内のどこを探しても国産のデュラム小麦はありませんでした。ないなら自分たちで育てようと、イタリアから種子を持ってきて、地元の農家に栽培をお願いしたんです」。

デュラム小麦は一般の小麦よりグルテンの含有量が多く硬質。パスタに向く小麦粉として主に地中海沿岸や中近東、アメリカなど高温かつ乾燥した地域で栽培されています。これまで日本でもデュラム小麦を栽培しようとする動きはありました。しかし生育期間が長く雨に弱いという性質上日本の気候風土に適さず、専門家の間では栽培は不可能とされていました。ところが出雲さんが実際に作付してみると、順調に生育し予想を上回る収穫量を得ることに成功しました。そもそも雨が少ない淡路島の気候は地中海地方とよく似ていて、デュラム小麦にとっては適地だったのです。こうして国内産デュラム小麦を使った「純国産生パスタ」が誕生しました。島産のデュラム小麦は毎年少しずつ作付面積を増やしていますが、その一方で課題も残されています。

「淡路島で育ったものは、良く言うと小麦の風味が高く、悪く言うと個性が強すぎます。また今のところ多くのニーズに応えられるほど十分な収穫量にも達していません。今後は改良を加え、より品質の向上を目指していきたいと思っています」。


他の麺にはない可能性

日本にもおいしい生パスタを伝えたいと意気込む出雲文人社長。全国のシェフたちとともに絶品の一皿を作り上げます。

国産デュラム小麦の生パスタの他にも、流行のグルテンフリーに対応した米粉を使ったものや、糖質55%オフのものもなど日々新しい味の開発にも勤しんでいる出雲さん。今あるのもが決して最終形ではなく、もっと消費者に喜んでもらえるものを追求し、どんどん進化していきたいと語ります。

「生パスタはラーメンやうどんのように日本ではまだまだ研究しつくされていない食の分野。今後さらに研究を深めれば磨かれていくと思いますし、他の麺料理のように土地ごとの食環境を生かした斬新なご当地パスタを作ることもできるのではないかと考えています」。

生パスタが秘めた無限の可能性を見出していきたいと、出雲さんは全日本生パスタ料理協会を設立。会長は日本を代表するイタリアンシェフであるアル・ケッチァーノの奥田政行シェフが務め、生パスタを盛り上げる活動を行っています。年に一度開催している「全国郷土生パスタフェスタ」は、目下一番力を入れている取り組み。2016年は全国から腕利きのシェフたちが集結し、それぞれに思い入れのあるご当地食材を使いオリジナルの生パスタ料理を披露して味を競い合いました。

「地方にはまだ光の当たっていない魅力的なご当地食材があります。こうしたイベントを通して生パスタを知ってもらうと同時にご当地食材のおいしさを発信していくことができれば、産地を元気にすることにもつながるんじゃないかと思うんです」。

現代人の食卓に生パスタを

四方を海に囲まれた淡路島は新鮮な海産物に事欠きません。魚介のスープをたっぷり吸った生パスタは絶品。

麺の良さは手軽さにあり、それに加えパスタはすべての食材をおおらかに受け入れてくれる点がすばらしいという出雲さん。

「うどん、そば、ラーメンとこれまであらゆる麺を手掛けてきましたが、野菜でも肉でも魚でもパスタに合わない食材はありません。時間がなくても冷蔵庫に残っているものを寄せ集めてパパッと調理ができ、地元のおいしいものをちょっとフライパンで熱するだけでごちそうにもなります。そういう点から見ると、パスタは忙しい現代人の生活に適した食材であり、麺のなかで最も栄養バランスに優れた料理ともいえるのではないでしょうか」。

日本の生パスタ文化は歩み始めたばかり。今はまだレストランの味ですが、いつかイタリアの家庭のように食卓に欠かせない食材としてスポットライトを浴びる日がくるかもしれません。

(2017年11月 取材・文 岸本 恭児)