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顧客に信頼される理由

お話をうかがった和田厨房道具の社長・和田憲二さん。道具を売るだけでなく修理に走ることもあるそう。

今はなかなか物が売れない時代と言われています。それに加え、安さを売りにするディスカウント店やインターネットでショッピングする人も多くなり、街中の小さな商店はますまず生き残りが難しくなってきました。道具屋筋もこうした時代のあおりを受け、対面販売は年々減っているそうです。それでも3代、4代と商いを続けている店が多く、勢いが衰えないのにはいくつか理由があります。その一因を千日前道具屋筋商店街振興組合事務局長の田部誠さんは次のように話します。

「このあたりは大阪でも特に飲食店が集中している地域。道具屋筋には昔ながらの付き合いで変わらず道具を卸している店が多いんです。ほとんどの店が道頓堀あたりの老舗の料理屋や大手お好み焼き店を贔屓筋として持っていて、新店を出すとなったら従業員のユニフォームから看板、つまようじの注文まで丸ごと請け負っているところもありますよ」。

ひと昔前まではどの店にも番頭さんと呼ばれる今でいうところの営業部長のような人がいて、あらゆる飲食店とのやりとりの中で培ったノウハウを新規出店する人にアドバイスしていたこともありました。アドバイスの中身は店のレイアウトに関することから材料の仕入れ先まで及んだとか。こうした人材も、道具屋筋の信用を高める大きな要素になったと言えます。

「食に関する道具で道具屋筋に置いていないもんはないので、自分の店にない商品も他の店から調達して得意先に届けたりするんですよ。こうして店同士で支え合ってきたのも大きいでしょう。プロ相手の売り上げが今も7~8割ほどを占めているために、このご時世でも安定した商売ができています。一般客だけを相手にしていたら続けられへんでしょうなぁ」。

老舗に見る道具屋筋の商売

道具屋筋の売れ筋商品と言えばたこ焼き器。業務用から家庭用までサイズの多彩さに驚き。粉もんを焼くときに欠かせない油引。長短のバリエーションがあるのもニーズの多い道具屋筋ならでは。

道具屋筋に店を構え70年になる「和田厨房道具」は、商店街の発展を見守り、長年に渡り大阪の飲食店を支えてきた一軒です。社長の和田憲二さんに商売の昔と今について尋ねてみました。

――昔から今の商売を?
うちはもともと家具屋でした。戦後になってから古道具を扱うようになり、現在の厨房道具をメインとした商売に落ち着きました。取り扱っているもんは昔から大きく変わることはなくて、鍋やら鉄板焼き器やら基本的には同じ。でも時代ごとのお客さんのニーズに合わせて少しずつは変わってきているもんもあるかなぁと思います。

――売れ筋商品は何ですか?
道具屋筋の店にはそれぞれに強みがあって、うちやったらたこ焼き器の種類が豊富。月に30台から50台くらいはコンスタントに業務用のものが売れるよ。あとは粉を混ぜるのに必要な大きな泡立てとか粉つぎとか、焼くのに必要な備品も売れるかな。特殊な道具は専門店でないとなかなかそろわへんからね。

――昔と今とでは売れるものは変わってきましたか?
昔は大きなずんどう鍋とか、一からちゃんと料理するときに使う道具が売れてたけど、今は調理の仕方がどんどん短縮されてきてるからね。家族で切り盛りしているような小さな食堂なんかは、魚も切り身を買ってきてそこから調理したりするところがあるみたいやし。そうなると良い包丁もいらんよね。最近は道具にこだわるような職人さんがめっきり少なくなった印象やね。職人さんが減ったから使うのにテクニックがいるような道具よりも、誰でも使いこなせるもんがよく売れるようになったかな。ここ数年は外国人観光客が店をのぞいてくれることも増えたけど、そういった人たちは、包丁や鉄瓶といった昔日本人がよく買っていた道具を求めていることが多いね。必ずメイド・イン・ジャパンのものか尋ねて買っていくのはおもしろいよ。

大阪人にはなじみの深いいか焼き器。地元より地方からの注文がけっこう入るとか。

――専門店らしいちょっと変わった商品はありますか?
うちならではのもんと言えばいか焼き器。阪神百貨店の地下に入っている有名店が使っているメーカーのものをうちも取り扱っています。あと今年の夏は台湾カキ氷専用の機械がよく出たね。年末に向けては餅つきの杵と石臼も入ってくるかな。道具屋筋を訪れたら、季節ごとの食の道具を見て回るのもおもしろいんとちゃうかな。

(つづく)

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