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先代譲りの製法を受け継ぐ

もろみを絞る槽(画像上)。麻袋に入れたもろみを並べて何層にも重ねて、上から圧力機で圧をかけていくとみりんが染み出てきます。搾って出てきたみりんはポンプでタンクに送られ再び寝かす工程へ。現在は20本ほどのタンクを管理しています。

昔は日本各地の酒蔵でつくられていた本みりん。現在は愛知県三河地方が本場とされていますが、兵庫県姫路市を中心とする播州地方もかつては三大産地の一つに名を連ねていました。温暖な気候と豊かな風土に恵まれ、原材料に欠かせない穀類がよく育ったことから、10軒以上の酒蔵が技を競い合って製造していた時代もあったといいます。けれども次第に数が減少し、今では地域でわずか一軒を残すのみとなりました。

150年以上もの長きにわたり、昔ながらの製法で本みりんをつくり続けているのが川石本家酒類合資会社です。製造場のある本社までは姫路城から車で15分ほど。空に向かって堂々とそびえるレンガ造りの赤い煙突が目印です。「建物は創業当時から大きく変わっていません。昔使っていた馬小屋もそのままです」と話すのは社長の川石酒志さん。先祖が代々守ってきた地で、伝統の技を受け継いでいます。

川石さんによると、昔の酒蔵では日本酒、みりん、焼酎をつくり、年間の製造スケジュールが決まっていたとか。「秋に米を収穫したらまずは日本酒をつくり始め、ひと段落する2月くらいからみりんづくりを行っていました。5月ごろまでにみりんを仕込み終えると、次は焼酎づくり。そうやってどの蔵も1年の仕事が回っていました」。すべての製造においてなくてはならなかったのが杜氏の力。さぞかし目まぐるしい毎日をおくっていたことでしょう。

伝統にならって仕込む本みりん

出来上がったみりんを瓶に詰めたりラベルを貼ったりする作業は夫婦二人三脚でこなします。

川石本家酒類合資会社での本みりんの仕込みは寒さが最も厳しい2月初旬に始まります。昔は全工程を手作業で行っていましたが、杜氏の高齢化や人件費削減のため、今は一部の作業を機械に任せることで効率化を図っています。

まずは米を洗米し蒸米機で蒸した後、麹菌をふりかけ米麹をつくります。次にもち米と米麹を焼酎と混合。ドロッとした液体(もろみ)になったところでタンクへと移します。タンクの中で60日から70日間寝かせると米麹の中にある酵素が活発化。もち米が持つデンプンやタンパク質を分解し、アミノ酸などのうま味成分やみりんらしい香りが育まれていきます。

もろみが眠るタンクの中を見せてもらいました。1ヵ月ほど熟成させた表面にはうっすらと黄色の液体が浮き上がっています。これは順調に糖化が進んでいる証拠だと川石さん。糖化熟成中はタンクの中が麹菌にとって最も活動しやすい30度前後に常時保たれているのが理想です。微妙な温度変化が品質を大きく左右するため、昼は練炭、夜はボイラーを使い、安定した環境に整えることが川石さんの役目。あとは自然の力にゆだねながら静かに見守ります。

無事糖化熟成を終えるともろみを麻袋に入れます。ここで登場するのが大きく深い浴槽のような槽(ふね)。その中に麻袋を積み重ね、圧搾機で搾りにかけると袋の目からじわりと液体が染み出てきます。この黄金色に輝くしずくこそが本みりんです。搾った後はすぐに出荷せず、再びタンクの中で寝かせることでさらに円熟味のある味に成長。手塩にかけた本みりんは1本ずつ手作業でラベルを貼付し、年間に一升瓶で約8000本が旅立っていきます。

【コラム】本みりんの副産物「こぼれ梅」って?

みりんを搾り終え、麻袋に残ったもろみは日本酒ならば酒粕のようなもの。白くほろほろとした見た目を満開の梅が咲き誇る様子に重ね合わせ、こぼれ梅という名前で呼ばれています。こぼれ梅は栄養価が高く、江戸時代の人々はお菓子として食してきました。最近は専門家たちによる研究が進み、美容と健康に効果的な食品として見直されてきています。 こぼれ梅はみりん特有の甘さやうま味を残し、調理に使うとふくよかな味わいが膨らむのが魅力。酒粕と同様のアレンジが楽しめ、味噌汁や甘酒、粕漬などに利用することができます。昔ながらの製造過程でしか生まれないこぼれ梅はいわば希少品。見つけたときはぜひ買い求め、珍しい味を堪能したいものです。

(つづく)

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