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「御食(みけ)つ国」と伊勢海老

水沢に着くと辺り一面が茶畑。美しく整ったかまぼこ状の畝がずっと先まで続いています。

ディナーには、志摩観光ホテルの伝統メニューである伊勢海老クリームスープやアワビのポワレも並びました。三重県の海は黒潮の影響を受けていることで魚が豊富。リアス式の入江を備えて貝や海藻も生息しやすく、1年を通して海産物に事欠かない地形を有しています。紀伊長島や尾張などではカツオ、サバといった外洋漁業が盛んであり、伊勢湾ではイカナゴやイワシ、ヒジキなども高い漁獲量を誇っています。人々の暮らしを支えてきた魚介類は神事との結びつきも密接。伊勢海老やアワビ、タイなどは伊勢神宮の神様にお供えする神饌(しんせん)として献上されています。また、豊かな海産物に恵まれた志摩地方は「御食つ国」と呼ばれ、朝廷に食材を納めていました。 

伊勢海老は結婚式などのハレの席に登場することが多い食材です。古くから縁起物として重宝されてきたのは、茹でると赤く色づき見た目が華やかであることや、姿形が鎧をまとった武士のように立派であること、長く伸びたひげと丸い背が長寿をイメージさせることなどが理由です。また赤は魔除けの意味ももつことから、正月飾りなどにも使われてきました。伊勢海老の優れた漁場である志摩市は毎年6月に「伊勢えび祭り」が行われています。これは海の幸に対する感謝の気持ちと1年の豊漁を祈願する神事。巨大な伊勢海老型のみこしも出現し、人々が担いで練り歩きます。

【豆知識】伊勢海老は伊勢だけのものではない?

江戸時代の物産図会である『日本山海名産図絵』には伊勢海老に関する記述があります。それによると「これ伊勢より京師へ送る故にいうなり。又鎌倉より江戸に送る故に、江戸にては鎌倉海老という。又志摩より尾張へ送る故に、尾張にては志摩海老という」。つまり昔は、海老が獲れたところの地名を頭に付けて呼んでおり、伊勢海老は伊勢だけの特産品ではなかったようです。

海女が育んだ三重の海

茶葉を刈り取る機械。人の手なら延々とかかる作業があっという間に終わります。この日はあいにくの雨で作業は中止に。

三重の豊饒な海を支えてきたのが海女の存在です。海女は海に潜って魚介類を獲る女性のことで、縄文時代にはすでに活躍していたとみられています。長時間海に入り、息が続く限界まで潜る作業は高い身体能力を要し、想像以上に過酷なもの。岩場にくっついたアワビを傷つけずに獲るためには特殊な技術も必要です。三重県は長年海女の数日本一を誇っていましたが、このところは現役の高齢化が進み、後継者が少ないという問題を抱えています。年々海女の人数も減ってきていることから、県は多方面から伝統を守る取り組みに着手。海女漁(鳥羽・志摩の海女による伝統的素潜り漁技術)は平成26年に県無形民俗文化財に指定されました。女性海女に代わる若い男性海女の活躍も目覚ましく、今後に期待がかかっています。

地元に伝わる郷土料理の一つである火場焼き。これは活きの良い伊勢海老やアワビなどを網の上に乗せて焼く料理ですが、海女が漁で疲れた体を休める海女小屋が発祥の場。自分たちが獲ってきた魚介類を囲んで暖をとるカマドで豪快に焼き、手づかみで食べていたのが始まりです。

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