食の宝庫・三重の魅力

日本での開催が6度目となった主要国首脳会議(サミット)。今回そのステージに選ばれたのは、伊勢神宮と共に歴史を歩んできた三重県でした。三重県はサミットの主会場となった伊勢と志摩に、伊賀、紀伊を加えた4つの地域で成り立っています。南北に長い地形からそれぞれに異なる気候風土を持ち、古くから独自の食文化を発展させてきました。

山・野・海の幸に恵まれて

近鉄四日市駅1階にある観光案内所では、水沢のかぶせ茶を地元の特産品である萬古焼の茶器で振る舞っています。

5月はサミットに沸いた日本列島。世界中が注目し、歴史的にも大きな意味をもつ開催となりました。ホスト国としての重責を担った三重県の人々は、緊張と興奮の数日間を過ごしたことでしょう。数々の候補地の中から三重県伊勢市・志摩市が選ばれたのには、警備のしやすさや日本の原風景を残す風光明媚な土地柄、日本文化を印象付ける伊勢神宮があったことなど、いくつか理由が挙げられています。そして何より、首脳陣へのおもてなしに欠かすことのできない豊かな食文化があったことも決め手となったに違いありません。

主要会場に選ばれた志摩観光ホテルでは、サミットの料理を3人の料理人が担当しました。開催中に各国首脳に提供されたメニューを振り返ると、前菜からデザートまで三重県産の食材がふんだんに取り入れられています。今回は料理長を女性シェフが務め、サミット初日のディナーで腕を振るいました。味つけや盛り付けの細部には女性らしい繊細な感性が織り交ぜられていたことでしょう。

伊勢茶も食材として登場

近鉄四日市駅1階にある観光案内所では、水沢のかぶせ茶を地元の特産品である萬古焼の茶器で振る舞っています。

外務省のホームページでは現在「G7伊勢志摩サミットにおける首脳および配偶者への食事」が公開されています。そのメニューには自然豊かな地が生んだ海の幸、野の幸、山の幸がたっぷりと使われているのがわかります。三重県を代表する食材と言えば、まず伊勢海老。次いでアワビ、松坂牛といった高級食材が次々と頭に浮かぶのではないでしょうか。これらはもちろんランチやディナーの食材に選ばれ、シェフ渾身の料理は各国首脳たちの舌を喜ばせました。26日のワーキングディナーのメニューには四日市市産の伊勢茶が登場。松坂牛フィレ肉のステーキに緑茶の香りをまとわせた料理がサーブされています。緑茶は肉との相性が良く、臭みを消したり脂っぽさを解消したりとさまざまな効果をもたらします。緑茶は世界で愛飲されていますが、料理のエッセンスとしても使える優秀な食材であることを、この一皿で各国にアピールできたかもしれません。


「御食(みけ)つ国」と伊勢海老

水沢に着くと辺り一面が茶畑。美しく整ったかまぼこ状の畝がずっと先まで続いています。

ディナーには、志摩観光ホテルの伝統メニューである伊勢海老クリームスープやアワビのポワレも並びました。三重県の海は黒潮の影響を受けていることで魚が豊富。リアス式の入江を備えて貝や海藻も生息しやすく、1年を通して海産物に事欠かない地形を有しています。紀伊長島や尾張などではカツオ、サバといった外洋漁業が盛んであり、伊勢湾ではイカナゴやイワシ、ヒジキなども高い漁獲量を誇っています。人々の暮らしを支えてきた魚介類は神事との結びつきも密接。伊勢海老やアワビ、タイなどは伊勢神宮の神様にお供えする神饌(しんせん)として献上されています。また、豊かな海産物に恵まれた志摩地方は「御食つ国」と呼ばれ、朝廷に食材を納めていました。 

伊勢海老は結婚式などのハレの席に登場することが多い食材です。古くから縁起物として重宝されてきたのは、茹でると赤く色づき見た目が華やかであることや、姿形が鎧をまとった武士のように立派であること、長く伸びたひげと丸い背が長寿をイメージさせることなどが理由です。また赤は魔除けの意味ももつことから、正月飾りなどにも使われてきました。伊勢海老の優れた漁場である志摩市は毎年6月に「伊勢えび祭り」が行われています。これは海の幸に対する感謝の気持ちと1年の豊漁を祈願する神事。巨大な伊勢海老型のみこしも出現し、人々が担いで練り歩きます。

【豆知識】伊勢海老は伊勢だけのものではない?

江戸時代の物産図会である『日本山海名産図絵』には伊勢海老に関する記述があります。それによると「これ伊勢より京師へ送る故にいうなり。又鎌倉より江戸に送る故に、江戸にては鎌倉海老という。又志摩より尾張へ送る故に、尾張にては志摩海老という」。つまり昔は、海老が獲れたところの地名を頭に付けて呼んでおり、伊勢海老は伊勢だけの特産品ではなかったようです。

海女が育んだ三重の海

茶葉を刈り取る機械。人の手なら延々とかかる作業があっという間に終わります。この日はあいにくの雨で作業は中止に。

三重の豊饒な海を支えてきたのが海女の存在です。海女は海に潜って魚介類を獲る女性のことで、縄文時代にはすでに活躍していたとみられています。長時間海に入り、息が続く限界まで潜る作業は高い身体能力を要し、想像以上に過酷なもの。岩場にくっついたアワビを傷つけずに獲るためには特殊な技術も必要です。三重県は長年海女の数日本一を誇っていましたが、このところは現役の高齢化が進み、後継者が少ないという問題を抱えています。年々海女の人数も減ってきていることから、県は多方面から伝統を守る取り組みに着手。海女漁(鳥羽・志摩の海女による伝統的素潜り漁技術)は平成26年に県無形民俗文化財に指定されました。女性海女に代わる若い男性海女の活躍も目覚ましく、今後に期待がかかっています。

地元に伝わる郷土料理の一つである火場焼き。これは活きの良い伊勢海老やアワビなどを網の上に乗せて焼く料理ですが、海女が漁で疲れた体を休める海女小屋が発祥の場。自分たちが獲ってきた魚介類を囲んで暖をとるカマドで豪快に焼き、手づかみで食べていたのが始まりです。


三重は知られざる銘酒どころ

巣箱の中と外を慌ただしく出入りするミツバチたち。午後からは気温が上昇し、活動もより活発に。

サミットが日本で開催されると、乾杯酒や食中酒に選ばれる日本酒についても話題が集まります。あまり知られていないことかもしれませんが、三重県は酒どころ。伊勢志摩サミットでは外務省関係者が1本1本テイスティングを重ね、県内の酒蔵で仕込まれた銘酒がテーブルを彩りました。芳醇な味と香りが首脳たちを気持ちよく酔わせたことでしょう。26日のワーキングランチで乾杯酒となった「作(ざく)智 純米大吟醸 滴取り」(清水清三郎商店・鈴鹿市)は、希少価値の高い1本として日本酒好きの間で知られています。こうしたレア物が選ばれた一方で、「瀧自慢 辛口純米 滝水流」(瀧自慢酒造・名張市)のような県民にもおなじみの庶民的な日本酒も宴を盛り上げました。また、ワーキングランチの食中酒として振る舞われたのは「酒屋八兵衛 山廃純米酒 伊勢錦」(元坂酒造・多気郡)。この醸造米である伊勢錦は、幻の酒米とも呼ばれている希少種です。

伊勢には幕末から明治にかけて「伊勢の三稲」と称された新品種が栽培されていました。その1つが伊勢錦。多くの人でにぎわうお伊勢参りの街道は、昔は人々の交流の場でもあり、農家の間では米の新品種や農作技術について情報交流が盛んに行われていました。参宮街道の頒布所では伊勢錦が無料配布され、全国各地に広まっていきました。「男は一生に一度は」と言われたお伊勢参りは、日本の農業の発展にも大きく寄与していたのです。


地元人の愛する伝統食

希少なハチミツは、喫茶かんび横の店頭で購入することもできます。

三重県には多種多彩な伝統食が今に伝わっています。伊勢神宮の参拝客らに人気の伊勢うどん。これは農民が味噌を作る過程でたまたまできたたまりをうどんにかけたのが原型と言われています。その後だしにカツオ節を使ったりみりんを加えるなど工夫が施され、今の味になりました。太くやわらかな麺にくっきりと濃いめのだしが絡まった1杯は、昔も今も変わらず旅人たちのごちそうです。志摩地方の海の男たちのエネルギーとなったのは手こねずし。新鮮なカツオやマグロなどの魚を醤油ベースの調味液に漬け置き、青じそなどと一緒にすし飯にこねるように混ぜて作ります。手こねずしはもともと船上で手早く作れて保存がきくようにと考えられた漁師料理。今では祝いの席に並ぶ料理の一つです。また三重の家庭ではどの地方でも昔から野菜の煮ものがよく食べられてきました。これは穏やかな気候が恵まれ年中野菜が収穫できたことと、伊勢湾や熊野灘で豊富に獲れた小魚やカツオ節などだしの材料が安く手軽に手に入ったためだとか。

自然や歴史の影響を受け、豊かな食文化を育んできた三重県。伊勢志摩サミットは改めて、私たちに日本の食のすばらしさを教えてくれたのではないでしょうか。

(2016年5月 取材・文 岸本 恭児)