三重県四日市市

お茶は私たちの生活と密接にかかわる飲み物。仕事や家事の合間に、食事のお供にと欠かすことはできません。コンビニやスーパーなどで目にするペットボトル入りのものはシーズンごとに新商品が登場。最近ではワインボトルに詰めた高級品も販売されるなど、飲む楽しみが広がりました。今回はお茶の産地の一つである三重県を訪問。伝統のお茶づくりに触れてみましょう。

全国3位の緑茶の産地

近鉄四日市駅1階にある観光案内所では、水沢のかぶせ茶を地元の特産品である萬古焼の茶器で振る舞っています。

日本各地でつくられているお茶。丁寧に注いだ1杯には、味・色・香りにそれぞれの産地の気候風土が色濃く映し出されています。ひと口にお茶といっても種類はさまざまありますが、製造の違いによって分類すると大きく3種類。不発酵茶の緑茶、半発酵茶のウーロン茶、発酵茶の紅茶に分かれ、元をたどればすべて同じ茶葉からつくられています。日本では収穫した茶葉のほとんどが緑茶に加工されています。三重県は静岡県、鹿児島県に次いで全国3位の緑茶の産地。栽培面積・生産量・生産額のすべてにおいて宇治茶で有名な京都府を抜いていることは、意外と知られていないことかもしれません。上位3県でつくられている緑茶が国の年間生産量の約80%を占めています。三重県では緑茶の中でも煎茶、かぶせ茶、深蒸し煎茶の生産が盛ん。三重県産の緑茶は伊勢茶とも呼ばれ、品質の良いブランド茶として多くの人に愛飲されてきました。

かぶせ茶の一大産地・水沢へ

お茶を栽培するのに適した環境は、年間平均気温は15℃以上、年間降水量は1500ミリ以上と言われています。この条件を満たす穏やかな気候に恵まれた三重県は、昔から茶どころとして栄えてきました。南北に長い地形は北勢、中勢、南勢と3地域に分かれ、お茶の中心的な産地は北勢と南勢。地域によって風土に違いがあり、特性を生かしたお茶がつくられています。今回は、古くから茶栽培を行う北勢に位置し、かぶせ茶の一大産地である四日市市水沢町(すいざわちょう)を訪ねました。

【豆知識】地域ごとの特徴

・北勢(四日市、鈴鹿、亀山など)…西に鈴鹿山脈、東には伊勢湾を望む地域。鈴鹿連邦の裾野に広大で平坦な茶
 園が広がり、かぶせ茶や煎茶が多く栽培されています。四日市市水沢町はかぶせ茶の生産で日本一を誇ります。
・南勢(飯高、飯南、大台、度会など)…伊勢神宮に通じる櫛田川と宮川に沿った地域で栽培。深蒸し煎茶の産地
 として知られています。北勢に比べると規模は小さめ。

茶畑に黒い覆いをする理由

水沢に着くと辺り一面が茶畑。美しく整ったかまぼこ状の畝がずっと先まで続いています。

四日市の市街から山に向かってしばらく車を走らせると、視界一面に緑が広がる茶畑が見えてきます。ここは伊勢茶づくりの中心地域である水沢。全国屈指のかぶせ茶の産地として知られています。童謡『茶摘』の歌い出しに「夏も近づく八十八夜~」とあるように、立春から数えて88日目ごろにあたる5月初旬は新茶の摘み取りの最盛期。水沢の新茶のシーズンは10日間ほどとわずかなため、茶農家は天気を読みながら毎日作業に追われます。かぶせ茶は渋みが少なく、うま味と苦みのバランスが整った緑茶。玉露に近い風味が特徴です。その栽培方法は独特で、畝(うね)に一定期間黒い覆いをかぶせ、直射日光をさえぎって新芽を育てます。「覆いをすることで、茶葉に本来含まれているアミノ酸の一種であるテアニンが光合成によってカテキンに変化するのを抑えることができます。テアニンの効果でうま味のあるまろやかなかぶせ茶が生まれるんですよ」。そう話すのは、この日案内役を務めてくださった四日市市茶業振興センターの小池さんです。 

かぶせ茶の生育に用いられているこの栽培方法は被覆栽培と呼ばれるもの。玉露や抹茶の原料となる碾茶(てんちゃ)の栽培もこの方法で行われています。煎茶など覆いをせずに育てた茶葉を原料にしたものを露地茶と呼ぶのに対し、かぶせ茶、玉露、碾茶は覆い茶という茶種に分類されます。産地の気候によって覆いをする期間は異なりますが、三重県のかぶせ茶はだいたい15日間となっています。

【豆知識】三重県産の緑茶の種類と特徴

・煎茶……もっとも親しまれている一般的な緑茶。渋みのなかにまろやかなうま味を備えています。
・深蒸し煎茶……製造過程で煎茶よりも長い時間蒸したお茶のこと。濃厚な味が特徴です。
・覆い茶(玉露・かぶせ茶・碾茶)……渋みが少なくうま味が強いお茶。覆いをして茶葉を生育させる
 ことにより、覆い香と呼ばれる独特な香りも生まれます。


環境に強いお茶の木

茶葉を刈り取る機械。人の手なら延々とかかる作業があっという間に終わります。この日はあいにくの雨で作業は中止に。

お茶の木は多年生の植物でゆっくりと成長し、一人前に育つまでには最低4年ほどかかります。茶園として十分な収穫が見込めるようになるには5~8年は必要ですが、一度植えると30~40年は持つ耐久性の高さが生産者にとっては魅力です。台風や大雨などの自然災害に強く、畑が害獣に襲われることもありません。肥料は有機物が主で、有機物で足りない場合は化学肥料を補います。害虫に対しては必要最低限の農薬を散布することで品質を保持。特に新茶は害虫が発生するシーズンを前に収穫を終えてしまうため、低農薬での栽培が可能です。このような点から、お茶は体にも環境にもやさしい農産物と言えます。

現在、全国で年間に約8万tのお茶が収穫されています。静岡県をはじめとする一部の産地では茶畑が年々減り、収穫量も減少傾向にありますが、三重県ではここ数年大きな変動はなく、若い就農者も多いと言います。その理由を小池さんはこう見ています。「明確なことはわかりませんが、他の農産物と比べると台風や水害などの被害をあまり受けないので、農家としては余計な気苦労がいらないのが良いのかもしれません。また、お茶は年間3回ほど刈り取りができ、毎年一定の収穫量が見込めます。収入面で安定していることも大きいのかもしれませんね」。

茶農家の1年間の仕事

かぶせ茶の場合は黒い覆いを直接畝にかけます。この覆いの効果で、まろやかなうま味のあるお茶に育ちます。

茶農家は1年をかけて大事に育てたお茶を消費者の元へと届けています。茶畑では日々どのような仕事が行われているのでしょうか。

一番茶の刈り取りに向けて茶園を整える3月。防虫のための消毒を行い、肥料をやり、新芽がきれいに出そろうように準備をします。4月に入ると覆い茶をつくる地域では畝に黒い覆いをかぶせる作業に取り掛かり、4月末から5月中旬にかけて一番茶(新茶)を収穫。新しい葉は柔らかく栄養成分も多く含まれるため、葉の先端部分だけを刈り取ります。昔は手摘みで行われていた作業も、かぶせ茶には大型の機械が導入されて効率が劇的にアップ。機械摘みの作業をスムーズに進めるために畝を剪定し、美しいかまぼこ状の形に整えておくのも大事な仕事の一つです。刈り取った後の茶葉はすぐに製茶工場へ。自家製茶工場を完備している農家もありますが、多くの農家は生葉を地域の大規模製茶工場に持ち込みます。お茶の味は茶葉の鮮度で決まるとされ、スピード勝負。新茶の時期は機械をフル稼働させて翌朝までに加工を終えます。雨が少しでも降ると刈り取りの作業はストップ。雨に当たったお茶は水臭いというジンクスがあるからだそうです。

農家泣かせの遅霜

茶葉を霜害から守るために取り付けられた防霜ファン。ファンがなかったころは畑に火を焚いて対策をしていたそうです。

新茶を収穫する時期に農家が一番心配するのが遅霜の害。霜に当たると葉先が凍傷になり枯れてしまい、手塩にかけた新茶の値がぐっと下がります。霜害を防止するために活躍するのが防霜ファン。茶畑には上部5mほどのところに大型の扇風機がいくつも設置されています。高いところから風を送ることで上空の温かい空気を畑に下ろし、地表に流れ込んだ冷たい空気とかき混ぜて新芽に霜が降りないようにします。

こうして一番茶の刈り取りを終えると、肥料を置いたり消毒をしたりしながら茶畑をこまめに管理。再び黒い覆いをかぶせ、6月の下旬ごろから二番茶を収穫します。三、四番茶の芽が出そろう9月の下旬には今季最後の刈り取りを行い、秋番茶として出荷。秋番茶は飲料用としては味が落ち、価格も安くなります。そのため、製茶せず捨ててしまう産地もあるそうですが、北勢では主に菓子用に加工し工業用抹茶として流通させています。昨今は抹茶を使ったお菓子のブームで需要は伸びているそうです。秋番茶が終わると収穫作業は終了。剪定や土づくりなどを行いながらのんびりと次の春に備えます。

【コラム】お茶のおいしい淹れ方

毎日何気なく飲んでいるお茶も、淹れ方のコツをつかめば格段においしくなります。用意する水はミネラルウォーターでも水道水でもOK。ただしカルキが入った水は好ましくありません。水道水を使うときはやかんのふたを開けて沸騰させ、4~5分煮立たせたものを使用しましょう。お湯の温度や抽出時間にも注意を払って。茶葉のうま味や甘味を引き出すには60度以下の低い温度が好ましいとされています。かぶせ茶の場合は約60度が適温。苦みや渋みを出したいときには80度以上にしましょう。急須に注ぐときには最後の一滴まで余さずに。ここに凝縮されたおいしさが詰まっています。
夏場は水出しのかぶせ茶が乾いた喉を潤してくれます。作り方は簡単。水を注いだアイスポットにパックに入れたかぶせ茶を入れて10~15分放置するだけ。水1ℓに対して茶葉10g程度を目安に。時間が経ったらパックを絞って取り出します。冷蔵庫で保存し、風味が損なわれないうちに飲み切りましょう。


かぶせ茶づくりの条件と苦労

玉露や碾茶は品質を守るため今も手摘みで行われます。熟練された技術と根気のいる作業です。

水沢がかぶせ茶の産地として発展してきたのにはいくつかの理由があります。まず一つに茶葉の生育に適した気候に恵まれているということ。「比較的雨が多く、一年を通して温暖なことは茶葉にとって非常に大事です。さらに昼夜の気温差があり、適度に霧がかかる環境が良好な生育を促しています」と小池さん。もう一つは山間部ならではの地形にあります。「お茶は乾燥に弱く、ほどほどに水分がないと枯れてしまいます。この辺りの土壌は礫(れき)と呼ばれ砂利を含んでいるので、水はけが抜群に良く水持ちも適度に良いんです。また、山裾に茶畑があることで日没は早め。茶畑に長い時間サンサンと太陽が当たると、茶葉に苦みが出てしまうためあまり好ましくありません」。

こうした自然条件が重なり、水沢は上質なかぶせ茶の産地となりました。一方でかぶせ茶は栽培にかなりの手間とコストがかかってしまうのが農家にとって頭の痛いところ。覆いをかぶせたり外したりする作業は機械では行えず、必ず人手が必要で、特に茶葉を刈り取る際は慎重さを要します。わずかな時間でも茶葉を日光に当ててしまうと、かぶせ茶特有の味わいが半減するので、収穫期間中は覆いを取ってすぐに刈り取るという作業を広大な茶畑の中で繰り返さなければなりません。昔は狭い畝でも小回りの利く農家の子どもたちが手伝っていましたが、時代が変わり、今は近所の人の手を借りたり、特別に人を雇うところもあります。手間ひまをかけても少量しか製造できないため、静岡県などの大産地はかぶせ茶づくりを敬遠。中規模産地である三重県が生産適地となったわけです。

店頭にお茶が並ぶまで

四日市市茶業振興センターの敷地内にある製茶工場。この日は新茶のシーズン真っ只中ということもあり、工場内は大忙し。

四日市市茶業振興センターはお茶について学ぶことができる施設です。施設内にある製茶工場は事前に予約すれば見学が可能ということで、小池さんに案内していただきました。工場の中はお茶の清々しい香りでいっぱい。心を落ち着かせてくれます。

集めた茶葉はまず蒸気で蒸し、冷却して鮮やかな緑色を残します。「蒸し」は飲んだ時の味や色を決める重要な工程の一つ。また加工時の茶葉の温度も重要で、常に35℃に保たれています。「35℃は茶葉が本来持っている栄養素を壊さないために設定された温度。お茶の仕上がりにも大きくかかわってきます」。その後、茶葉に含まれた余分な水分を蒸発させ、葉をもんだり熱風で乾かしたりを繰り返し、流通する前段階の荒茶にしていきます。荒茶が出来上がると一旦冷蔵庫で保存。出荷する際には荒茶に火入れをして選別を行い、製品の均一化をはかってから全国へと配送されます。お茶には米のように定められた等級はなく、価格を決めるのは茶商。味や香りを確かめて適正価格を設定します。

こうして製造される三重県産のかぶせ茶は、毎年5月中旬ごろから新茶として店頭に並びます。新茶の初々しい味を好む人は多いですが、小池さんがおすすめする飲みごろは11月や12月あたりに並ぶ商品。「かぶせ茶や玉露、碾茶は新茶で飲むよりちょっと時間を置くほうが、味が落ち着いてまろやかになります。ぜひそちらも楽しんでみてください」。


緑茶に秘められた健康パワー

かぶせ茶を試飲。左は新茶、右は1年ほど経ったもの。お湯の温度や茶葉の量など同じ条件で淹れても味・香り・色は全く別物。左はフレッシュな香りで味も若々しく色は黄色みがかかっています。右は鮮やかな緑色でまろやかな味わい。

お茶が優れた健康食品であることは、すでに誰もが知っている事実でしょう。それは今も昔も同じ。日本に伝わってきたころのお茶は薬草と同等の扱いでした。お茶の効能などについてまとめた鎌倉時代の書物『喫茶養生記』の中では「茶は養生の仙薬、延命の妙薬」と記されており、いにしえより人々はお茶を飲んで健康を維持していたことがうかがえます。

お茶の中でも緑茶にはビタミンCやβカロテンなどの抗酸化物質が豊富に含まれています。その代表であるカテキンは心筋梗塞や脳卒中、糖尿病といった生活習慣病のほかにもあらゆる病気の予防や美肌に効果的。また、カテキンには抗菌作用もあり、食後に緑茶を飲むことは口臭予防や虫歯予防にもつながるという研究データが報告されています。

さらに緑茶はリラクゼーション効果の高い飲み物。テアニンが脳に働きかけて神経を落ちつかせ、心身の疲労を回復させてくれることも期待できます。緑茶パワーの恩恵をもっと受けたい人は、飲むだけではなく暮らしの中に取り入れるのも一案。お茶を焚いて香りを楽しむ茶香炉は、雅で穏やかな香りが心の緊張を解き放ってくれます。茶葉をパックに入れて入浴剤としてお風呂に浮かせるのもおすすめ。香りのリラックス効果はもちろんアレルギーや水虫にも実力を発揮してくれると言われています。

茶葉もおいしく食べよう

産地の味をペットボトルに詰めて地域で販売。広く流通はされておらず、地ビールのようなレアさが売りです。

このように緑茶にはさまざまな有効成分が含まれていますが、ビタミンEや食物繊維などお湯に溶けない成分もあります。飲んだ後の茶葉には栄養の約7割が残っていると言われており、茶殻を食べることで緑茶の栄養素を余すことなく摂取することができるのです。

三重県内のスイーツ店などでは抹茶や粉茶を使ったお菓子を販売しているところがいくつもあり、お茶の多彩な味わい方を提案しています。また四日市市ではお茶の用途を広げるために農家の奥さんたちが集結。かぶせ茶を使った和・洋・中の料理レシピを日々研究しています。砂糖や醤油と一緒に茶葉を煮れば、ごはんのお供にぴったりの佃煮に。土鍋にかぶせ茶を入れたしゃぶしゃぶも美味。肉や魚の臭みを取り、さっぱりとしていて食が進みます。伊勢茶を紹介するサイト「伊勢茶.net」(http://www.isecha.net/)では、緑茶をおいしく食べる季節ごとのアレンジレシピが紹介されているので、参考にするのもよいのではないでしょうか。

(2016年5月 取材・文 岸本 恭児)