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種麹は秘蔵品だった

店主の助野彰彦さん。種麹の働きは目には見えないものの、日々の仕事の中でその偉大なパワーを実感しているそうです。

種麹の専門店である種麹屋は日本酒の需要が高まるにつれ数を増やし、昔はごく一般的な業種でした。ところが、酒蔵の減少にともなって次々と廃業に追い込まれ、今では全国でわずか6軒を残すのみ。そのうちの1軒である「菱六」は、京都で唯一となった種麹屋です。「かつては京都だけでも10軒ほどあったそうで、碁盤の目の中に大小約360軒もあった酒蔵に種麹を卸していたと聞いています。しかし現在は6軒で全国にある1000軒ほどの酒蔵の種麹を製造し、日本酒づくりを支えています」とは、菱六の若き主人・助野彰彦さん。技を受け継ぐ職人たちを束ね、約350年続く家業を守り続けています。

出来上がった種麹はコンパクトにパッケージ。鮮度を損なわないうちに全国の取引先へ届けられます。

麹を使った日本酒づくりがいつから始まったのかは定かではありませんが、文献に記録された時をさかのぼると奈良時代。8世紀前後に編纂された『播磨国風土記』には「大神の御粮(みかれい)沾(ぬ)れてかび生えき すなわち酒を醸さしめて 庭酒(にわき)を献りて宴しき」(神様に備えたごはんがぬれてカビが生えてきたので、それでお酒をつくって神様に献上し、宴を行った)と綴られています。平安時代の終わりごろからは「麹座」と呼ばれる人たちが、朝廷や幕府の庇護のもと麹の製造と販売を独占していました。しかし室町時代に入ると、麹の利権をめぐり闘争が勃発。権力者や政治を巻き込んで「文安の麹騒動」などが起こりました。麹座はやがてその利権を失い、麹の元となる種麹の製造と販売へ商売形態を変化させていきました。

ちなみに、酒造業界では昔から種麹のことを「もやし」、種麹屋のことを「もやし屋」とも呼んでいます。平安時代に成立した古代法典『延喜式(えんぎしき)』では、米に胞子が生えた状態のことを「よねのもやし」と表現し記載されており、これに由来していると伝えられています。

用途別につくられる麹菌

代表的な4つの種麹。緑、黒、橙、白と見た目に違いがあり、それぞれに用途が分かれています。

種麹とひと口に言ってもその種類は多種多様。用途別につくられています。中でも代表的な4種類を見せてもらいました(写真)。それぞれ見た目に違いがあるのは、胞子の色によるものなんだそう。「白色系麹菌は京都なら白味噌の仕込みに使います。甘酒や最近スーパーなどでよく見かけるようになった市販の米麹にも白色系が使われています。緑色系麹菌は日本酒づくりや醤油づくりに、残りの色の濃い2種類は焼酎を作るときに使われるものです」。黒色の麹菌は泡盛を仕込む際に用いられています。菌が育つ過程でクエン酸を出し、他の麹菌と比べると少し酸味があるのも特徴です。クエン酸には雑菌の繁殖を防止してくれる力があるため、高温多湿な沖縄で重宝されてきました。大正時代には一時期、焼酎をつくる際にも使われ、その製造過程でたまたま見つかったのが橙色の麹菌。黒焼酎以外の焼酎には橙色の麹菌のほうが向いていると普及していきました。

菱六で現在製造されている種麹は、カタログに載っている定番のもので60種類。しかし、これはほんの一部にすぎません。「種麹は酒蔵からオーダーを受けてオリジナルをつくることも多いんです。まずは定番商品の中から使ってもらって、これではうちの味が出せないとなると蔵ごとの要望に応じて仕込みます」。得意先の数だけどんどんと増えていった種麹は、今では助野さんも正確に把握しきれないほどになっているそうです。

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