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醤油屋の家業を継ぐという責任

蔵には大きなタンクがずらりと並んでいます。じっくりと味を馴染ませ、出荷の時を待ちます。

鷹取さんは信用金庫の元敏腕営業マン。父親から家業を継ぐように言われたことは一度もなかったそうですが、どうしても醤油がつくりたいと実家に帰ってきました。「といっても、昔から醤油づくりに興味があったわけではなかったんよ。きっかけは、営業先でのこんな出来事やったね」。 それは鷹取さんがまだ信用金庫に勤めていたある日。父親から電話がかかってきました。「お前のとこの信用金庫で定期預金をしたいと言ってくれてる人がおるから行って来い」。そう言われて訪ねたのは地元の醤油組合。無事成約となり手続きを進めるそばで、たまたま居合わせたある醤油屋さんが何やらぶつぶつと言い始めたそう。気になって聞き返すと、いよいよその人が声を荒げました。「お前みたいなんがおるから地元の醤油屋がなくなるんじゃ。日本の醤油文化が廃れていくんじゃ!」。最初は何を言っているのか理解ができなかったという鷹取さん。しかしよく耳を傾けてみると、「お前の親父は今安心して醤油屋をできとるんか。どんどん辞める準備をしとるんやないんか」と、鷹取家の行く末を案じての言葉だということが飲み込めてきました。社会に出てからは両親と離れて暮らし、家業のことなど顧みたことがなかった鷹取さん。この人から突然浴びせられた言葉に、頭を殴られたような衝撃が走ったと振り返ります。「もう10年もしたらお前の親父もよう商売をせんようになるんやないかと言われて、初めて現実を考えるようになってね」。結婚してちょうど仕事がおもしろくなってきたころ。そろそろ家でも建てようかというときに、鷹取さんの脳裏からは醤油の二文字が離れなくなりました。

父親の背中に学ぶ商売の姿勢

鷹取醤油で作られている濃口醤油は現在5種類。どれも甘みをきかせているのが特徴です。

時を同じくして、父親が入院する事態に。そこで母親一人では手が及ばない配達を、鷹取さんが手伝うことになりました。そのころの商品は濃口醤油4種類のみ。飲食店や量販店に卸すこともなく、両親2人の商売では地域の人を相手にするのが精一杯でした。「電話で注文を受けたわずかな本数を、軽トラで一軒ずつ家を回って届けるというスタイルを、親父はもう何十年も続けとったんです」。あるとき、90歳のおばあさんの家に醤油を届けた鷹取さんに思わぬ声がかかりました。「『鷹取君、継いでくれたんか。うちは生まれてからあんたのとこの醤油しか食べたことがないんよ。あんたが継いでくれたんなら私はうれしい。お父さんも喜んどるじゃろ』と。そこで、継いでないんよとも言えず。でも、素直にうれしいという思いがこみ上げましたね」。

その後も配達先でお茶やお菓子をごちそうになったりと手厚くもてなされ、改めて父親のやってきた仕事のすばらしさ、鷹取醤油が多くの人から必要とされていることのありがたさを実感します。そこで、傾きかけた家業の立て直しは自分にしかできないと一念発起。29歳で会社に辞表を提出しました。「ところが、それを知ったおふくろは怒って泣き出してしまって。なんで会社を辞めたんや、この商売で食べていけるわけがないと。醤油屋の先細りを両親は肌で感じていたんやと思います」。想像を超える厳しい現実は、家に戻ってほどなく鷹取さんの目の前に突きつけられることとなりました。

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