トップ > 食育特集 > File.20(4)

特集メインタイトル

なにわら納豆の誕生

「なにわら納豆」はそのままでも濃厚な味が楽しめますが、塩を振ると、大豆の甘みがより一層引き立ちます。

金司さん亡き後、平成15年に仕事を手伝うこととなった吉田さん。納豆づくりの知識はなかったため、まずは簡単な事務仕事を手伝うところからスタートしました。しかし事務所にはパソコンすらなく、取引先とは手書きかファックスでのやりとり。今の時代こんなアナログではダメだと、少しずつ父親のやり方を変えていくことにしました。実務に追われながらも、脳裏をよぎるのは父親の最期の言葉。「加工されたわらを入手するルートはすでに確保されていましたが、製造方法については方々を調べ尽し、とにかく手探りでやってみるしかありませんでした。でも作っては失敗、作っては失敗の繰り返し。1年近く試作を重ねてやっと納得のいく味と糸引きになり、完成したと思ったら、今度は菌検査で引っかかってしまって。これはわらの消毒に問題があると、衛生面を一から見直すことになったんです」。構想から3年弱。試行錯誤の末、関西では珍しい稲わらに包んだ納豆「なにわら納豆」が誕生しました。これが後に多くの人の心をとらえ、会社を大きく成長させる看板商品へと成長していきます。

大阪の味と認められ

百貨店の催事などではガラスのショーケースで販売。「スイーツかと思った」と驚くお客さんも多いそう。

なにわら納豆は濃厚な大豆の旨みと深みのある味わい、芳醇な香りが特徴です。味の生命線は稲わらに自生する天然の納豆菌。それを独自の方法で引き出し発酵させる昔ながらの製法で手作りしています。温度を抑えて長時間発酵することにより、素材本来の持ち味もぐんとアップ。芳香なわらの香りがほんのりと納豆に移っていることも独特の味わいを高めています。さらに特筆すべきは秀でた栄養価。自社調べでは天然の納豆菌は培養の納豆菌の2.5倍の数であることがわかっており、普通の納豆より一層健康面で実力を発揮してくれることも吉田さんたちは身をもって実感しています。

ようやく完成したなにわら納豆を手に商談に回った吉田さん。しかし最初は苦戦を強いられました。「関西人にとってわら納豆は親しみの薄い食品なので、どこに行っても『こんなもん売れるわけがない』と門前払い。作っては廃棄処分する辛い毎日が続きました。それでも百貨店の催事や直売会で試食してもらううちに、じわじわとお客様に認めてもらえるようになりました」。評判を聞きつけたメディアが次々となにわら納豆を取り上げたことも後押しし、徐々に知名度を拡大。2014年に「大阪産名品」に認証され、続けて「大阪産PR大使賞」を受賞し、名実ともに大阪を代表する味となりました。

納豆が主役の食卓を

くせの少ないなにわら納豆は、バターやビスコッティといった意外な商品にもアレンジされて好評を得ています。

日々苦労が絶えない納豆づくり。それでも、お客さんから届く喜びの声が吉田さんたちの頑張りを支えています。「あるお客様から、『ずっと探していた納豆にようやく出会えました。死ぬまでに食べることができて本当に良かったです』と言われたときは本当にうれしかったです。今まで作ってきて良かったとつくづく思いました」。

納豆のさらなる発展へ向けて、吉田さんの熱い思いは尽きることがありません。「今は食卓のサブ的存在ですが、今後はメインになれるものを意識した商品づくりができたらと。ちょっとしたひと手間で、あっと驚くアレンジ料理に変身させることもできますし、新しい味わい方を提案していくのも私たちの役目だと思っています。納豆のイメージを覆す商品をこれからも発信し続けていきたいですね」。 2016年2月には大阪市内に待望の納豆BAR小金庵の直営店がオープン。新店を足掛かりに、その勢いにはさらなる拍車がかかりそうです。

(2015年12月 取材・文 岸本 恭児)

食育大事典facebookページ
ページのTOPへ