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味噌づくり一筋に歩んで

日ごろの労をねぎらい、宮中から贈られたという火鉢も大事に保管されています。

創業は江戸時代天保元年。創業者である初代・丹波屋茂助はもともと丹波杜氏でした。麹づくりの鍛え抜かれた技を見込まれ、宮中に赤味噌と白味噌を献上したのが味噌屋としてのはじまりです。その後も禁裏御所のご用命を受けて味噌を納めながら、明治維新のころからは一般にも広く販売を開始。滋味あふれる味は、京の食卓で重宝されるようになりました。

「味噌屋といえる商売せい」が代々伝えられてきた信条。時代の流れに沿った味への追求は怠らずとも、「昔ながらの味噌づくり一筋」という軸はぶらさずに邁進しなさいというのがこの言葉に込められた真意だと尾崎さんは言います。「たとえば商品の一つに『一わん味噌汁』という即席味噌汁があります。これは麩焼の外包を椀の中に割り入れてお湯を注ぐだけで食べられるというもの。生味噌を主力とする弊社では珍しい商品なのですが、広く味噌の味に親しんでもらうためには手軽なものも必要。しかしそこには味噌専門店としてのプライドもあります。味噌屋が作るレトルトなら、だしの味でごまかすなどもってのほか。だしに具を入れ味噌を溶き、いったん味噌汁の状態にしたものをフリーズドライにすることによって味噌の風味を引き立たせています。手間はかかりますけれど、仕事を惜しんで質が落ちるのは本意ではありませんから」。円熟の味はこうした心意気に支えられています。

厳選素材と土地が育む風味

味噌の仕込みに使われていた昔の道具。職人たちの汗の歴史が刻まれています。

井戸水と木製の樽を使い、店の奥で職人たちがせっせと手仕込みしていた味噌づくりの光景も今や昔。現在は安全性に配慮し効率化を進め、徹底した品質管理の上で製造されています。最新設備を導入した工場があるのは京都府綾部市。味噌の味わいは気候風土と水によって微妙に変化するため、工場を建てる場所は大変吟味したそうです。特に水は「水が変われば味噌の味が変わる」と言われるほど重要な原料の一つ。軟水で純度の高いものが良いとされています。豊かな自然に囲まれた綾部市は昔から質の良い水に恵まれた地。今では綾部の水と澄んだ空気が本田味噌本店の味に欠かすことはできません。

工場での作業はすべて機械任せではなく、人間と分業して進めています。「麹の出来具合や大豆の茹で具合、熟成具合や出来上がった味噌の状態を見るのは、やはり人の繊細な感覚が必要。昔は重い荷物などを運ぶといった力仕事まですべて職人が行わなければなりませんでしたが、そこは機械が担当してくれることによって、職人たちは味噌づくりに専念できるようになりました」と尾崎さんは話します。

水への思い入れと同様に、同社では米と大豆に対しても強いこだわりを持っています。農産物はその年によって出来や収穫量が変わるため、産地は限定せず中身を重視。工場内にある研究室では、シーズンごとに味噌づくりに一番適した米と大豆を全国から選りすぐります。「食べておいしい米が味噌の原料にふさわしいかというと、必ずしもそうではありません。以前、上等なコシヒカリを使ったことがあるんですが、とびきりおいしい味噌ができたかというとそうでもなかったんです」。と本音がこぼれる尾崎さん。とはいえ、米や大豆は品質改良が進み、昔と比べると味噌の味も格段に良くなっていると自信をのぞかせました。

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