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精進料理の味と精神を世界へ

本店では販売を行っていません。購入は、錦市場内の錦店他にて。

小堀さんの父親である6代目小堀正次さんは、伝統に斬新なアイデアをプラスすることに臆することなく取り組んできた人でした。1988年にはアメリカのニューヨーク・タイムズに全面広告を出し、麩への関心が高まってきた外国人へ正しい理解を促したことも。当時は大きな反響があり、本店へも多くの外国人が訪れたといいます。基礎となる味や製法は老舗としての考えを変えず、そのほかは思うようにやるのが正次さん流。その志を受け継いだ周一郎さんも、伝統の世界に一石を投じます。それが、2007年にニューヨークでオープンした精進料理の店「嘉日」です。

「ニューヨークには20代のころに行ったことがありました。たまに日本食が恋しくなって和食店に入っても、当時は中国人や韓国人が経営している店がほとんど。冷凍うどんや奇抜な見た目と味の寿司が出てきたりと、世界的な都市でもこんなもんかと正直がっかりしました」。和食文化が歪んで伝わっていく現実を、小堀さんはどうしても見過ごすことができませんでした。ニューヨークで受け入れられれば和食に対する世界の見方も変わるはずという考えと、新しいものを発信していきたいという思いに火が付き、本格的な精進料理の店を海外で初めて形にします。
料理人は京都で修行を重ねた新進気鋭の若手たち。ニューヨーカーの舌に媚びず、地のもんを使うという習慣に習い、西洋野菜を京風の味に仕立てるスタイルを貫きました。器の多彩さも和食の魅力。割れても使う日本の文化や精神も伝えたいと、金継ぎした器も食事に彩りを添えます。評判は瞬く間に広がり、世界中のシェフも注目する名店へと急成長。オープンわずか半年でミシュランの一つ星に輝き、翌年は二つ星をもらう栄誉を勝ち取りました。

冷静に時代を読むことの大切さ

本店は動乱に巻き込まれ何度か焼けていますが、建物の土台となる石は現存。昔はこの石の上に生麩を置いて売っていたことも。

嘉日が成功した理由を、小堀さんはこのように読んでいます。「もともとベジタリアンの多い国で専門店もたくさんあるのに、残念ながらどこもおいしいとは言えません。食事が終わっても満足感がなく、生きている喜びを感じられないというか。おいしいと思って食べないと、結局野菜にも失礼でしょう。そこへ私たちが提案したのは、野菜料理ってもうちょっとおいしい食べ方があるよ、野菜だけでも肉や魚を食べたときと同じように満足できるよということやったんです。だから受け入れられたんでしょうね」。

次なる目標はやはりニューヨークで生麩専門店を?「いや、それはないでしょうね。生麩の専門店ができるほどの需要は今のニューヨークにはありませんよ」と冷静な返事。嘉日は、食を通して日本の文化を世界へアプローチできるかという一つのモデルケースとして取り組んだに過ぎず、経営的な成功や発展はオープン当初からビジョンにはなかったと言います。自身が家業を継ぐと決まったときも、継続することにはさほど重きを置いていなかったとあっけらかん。「たとえば自分の子どもが8代目を継ぎたくないと言えばそれでいいし、うちの商品がいつか料理屋で使ってもらえなくなっても仕方のないこと。必要がないと思えばなくなるのは自然なことだし、無理矢理にでもしがみつかなあかんとは思ってないんです」。時代の風を読み、老舗の看板に気負うことなく進んでいく姿勢が、明日の麸嘉を作り上げています。

(2015年6月 取材・文 岸本 恭児)

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