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食の通訳者としての役割

食材の姿に興味津々の子どもたち。生魚でも上手にさばきます。

台本に目を通すときは、子どもに予断を与える表現がないかにも気を配りました。「私の中でちょくちょく引っかかったのが『舞ちゃんは○○をしたからいいお嫁さんになれるね』というキャラクターのコメント。脚本を書いていたのは男性でしたから、女性は結婚すればいい、女性は家事をするものだという気持ちがどこかにあったのでしょう。でもこのコメントを女性蔑視と受け取る人もいます。子どもたちのためにこういう表現はやめてくださいとずいぶんうるさく言いました」。

また、お母さんに急な仕事が入って、舞ちゃんが1人でお留守番をすることになったシーンでも、坂本さんの鋭いアンテナが働きます。「舞ちゃんが家に帰ってくると机の上には500円玉が置いてあり、電話の留守電ボタンを押したら『500円で何でも買って食べてね』とお母さんが残したメッセージが流れるという設定になっていました。私としてはそこでもちょっと引っかかったわけです。働くお母さんの一人として経験から言わせてもらえば、お母さんたちはこんな安易な気持ちで仕事には出ていませんよと」。母親はどんなときも子どもが気がかり。けれども、その思いに寄り添っていないことに坂本さんは違和感を覚えました。

さらに、舞ちゃんのじゃまばかりするコンビキャラクターの設定についても核心を突く助言をピシャリ。「最初はマヌケなキャラクターのほうが関西弁をしゃべることになっていました。それも、関西人の私が聞くと不自然なイントネーション。これも受け取る側の子どもたちに『関西人はマヌケ』という間違った先入観を与えかねませんよね」。そんな激論を幾度も脚本家と重ねていくと、台本が真っ赤になることも少なくありませんでした。坂本さんはいつも自分のことを食の通訳者(食べる人と食べ物の橋渡し役、食をわかりやすく伝える人)だと言います。中途半端なことや間違ったことは伝えられないという通訳者としての信念が、番組づくりにも大いに生かされました。

活動の原点は手抜き料理

10代のころから食の安全に興味を持っていたという坂本さん。でも、食文化を伝える活動を自ら積極的に仕事にしようと思ったことはなく、求められるままに進んだだけと漏らします。転機は30代半ば。そのころの坂本さんは、子育て、主婦業に加え、書道を教えながら展覧会へ自分の作品を出品したりと多忙な日々を送っていました。時間に追われながらも加工食品は使いたくない、子どもたちに少しでも安全なものを食べさせたいとの思いから続けていた食材の共同購入。しかし野菜などを上手に使い切ることができず、やめていくお母さんたちが増えていきました。

そこで坂本さんは、どうすれば買った食材を無駄なく食べることができるかを周囲の人に教えるようになります。これがきっかけとなり、料理指導者としての道がスタート。「料理って大元を押さえてプロセスをつかめば、どこを簡略化できるかがわかるんですよ」。独自の考え方や手法を、やがて新聞でのレシピ連載『忙し母さんの手ぬき料理』で披露するようになります。手軽だけれど家族への愛がたっぷり詰まった坂本さんの料理は、多くの女性たちから支持されました。以来、考案したレシピは数えきれないほど。それでもネタは尽きることがないと胸を張ります。

海外で食文化を学び、同じ道に進んだ理系女子の長女と交わす雑談から、目からウロコのアイデアが生まれることも。「ひらめいたら即実践。夜遅く台所に立って実験することもあります」。尽きることのない好奇心と軽やかなフットワークが、坂本さんの活動の基盤です。

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