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―初めて患者さんに提供したのはいつですか。

外科副部長 NSTチェアマン 井川理先生

柿原先生 料理教室から半年後くらいです。がんで毎日嘔吐を繰り返している患者さんに僕が自宅でスープを作り、病院で温め直して持って行きました。なんとか口にでき「体に染みておいしい」と言ってくださったときはホッとしました。どんな薬を使っても抑えられなかった吐き気もその日は何か月かぶりになく、穏やかに過ごせて。患者さんは食べられないことを悲しんでおられたので、おいしいと言ってもらったときの笑顔は強く心に残りました。1週間後にまたスープを持って行ったのですが、そのときは死の間際。それでもひと口ふた口は飲んでくださって、数時間後に亡くなられました。
これがきっかけとなり、食事がとれなくなった緩和ケア患者さんを対象に、オプションサービスとして僕がスープを作ってベッドサイドに持って行くのが3、4年ほど続きました。みなさん死の直前まで飲んでくださって。
このことを栄養サポートチーム(NST)の井川先生に話すと、うちでも何か協力できないか考えてみようと言ってくださったんです。
井川先生 それまで緩和ケアの患者さんはNSTの対象外でした。NSTの活動の主たる目的は、入院患者さんの社会復帰を目指し栄養を改善すること。残念ながら緩和ケア患者さんは社会復帰が見込めないので…。でも私が今回、柿原先生からの話に納得できたのは、栄養改善には"心の栄養"も含まれるという点。緩和ケア患者さんにとっても最期まで味わうことは大事という考えに共感したので、このプロジェクトに参加しました。日ごろからさまざまな特別食を考えてきたNSTだからこそ、できることがあると思ったんです。まずはいのちのスープが病院のシステムとしてきちんと機能し、スープが必要と思った患者さんにいつでも出せるようにすることが大事だと。その一歩としてNSTでいろんな味を試作し、試飲会をしてアンケートをとったりもしました。

―スープの活動はチームの連携があってこそなんですね。

やさしい香りがする野菜のコンソメスープ。

柿原先生 はい。でも、院内に医療チームはたくさんあっても他チームと協力し合うことはなかなかないんです。NSTに相談させてもらったときも、現実になるとは思ってもいませんでした。たまたま井川先生と僕が消化器外科医同士だったことは大きいかもしれません。
井川先生 医局では、柿原先生と日ごろからよく雑談をしているので(笑)。
柿原先生 患者さんは心も体も病んでいるのに、食事が味気ないのは許せないというのが井川先生の持論。僕も全く同じ考えでした。僕らにとって、患者さんの食べる量は状態を知る一つのバロメーター。少しでも口にしてほしいというのが願いでもあります。でも緩和ケア患者さんにとって食べることは辛いことでもあるのです。そう考えると少しでも口にしてもらえる食材選びと調理法が大事。あとは環境ですよね。

―環境とはどういうことですか。

井川先生 いのちのスープの良さは手作り感。それがおいしさの秘訣でもあります。そこで患者さんにもっと喜んでもらうために、実際にスープを作った調理師さんをシェフと呼び、シェフが患者さんのベッドサイドで給仕することを提案しました。
柿原先生 こうすると、スープが病院食というイメージから離れ、患者さんはまるでレストランにいるみたいな気分になれる。少し環境を変えるだけで気持ちも変わります。案の定、患者さんには好評ですよ。

―作り手である調理師さん(シェフ)や管理栄養士さんたちはどういう思いを持っておられますか。

栄養課NST 調理師 増田勝彦さん
お盆にスープの入ったポットとマグカップを乗せてベッドサイドへ。これがいつもの給仕スタイル。

増田さん 毎回先生たちと一緒にスープを持って患者さんを訪ねますが、最初のころは緊張しました。
井川先生 調理師さんって日ごろは患者さんとの接点がないんですよね。
増田さん はい。だから大事そうに飲んでくださるのを間近に見て俄然やる気に。「他の味もあるんですか」と聞かれたり、トマト味のリクエストも出たり。うれしかったですね。
柿原先生 僕ら医師も調理師さんと会話をする機会はほとんどなかったので、医療のことをどれだけ熱く思ってくれているかわかっていませんでした。でも辰巳さんのスープの本を持って増田さんを訪ねたら20種類くらい本以外のスープも試作してくれて。僕らと同じ思いで仕事をしてくれているんだなあと心強かったです。

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