トップ > 食育特集 > File.05(2)

特集メインタイトル

店を持ったのは使命感から

実は山嵜さん、店を持つなんて夢にも思っていなかったそう。「まあ正直、仕方なくという感じもあります。料理人になる前、明石浦漁協に勤めていたときは、業務部・総務部の部長をしていたこともあって、マスコミの取材をよく受けていました。そこでたびたび聞かれるんですよ。『どこに行けば明石のおいしい魚が食べられますか』って。でも地元に自分が胸を張っておすすめできる明石の魚だけの店がなくて」。

明石の魚は値段が高く、地元の飲食店でさえなかなか手が届かないのが実情。そのうえ天然ものは毎日決まった数を仕入れられるとは限らず、処理や調理も大変なため、どの店も敬遠するようになっていました。しかし、漁師町で地元のおいしい魚介が食べられないのはさみしいこと。漁業に携わる者として山嵜さんは、どうにか明石の味を伝えていかなければと使命感を感じていました。「僕は仕事柄、多ジャンルのシェフたちと交流があり、さまざまな調理方法を伝え聞いていました。自分なりに実践も重ねているうちに、いつの間にか店を営むのに困らないほどの知識を備えていたんです。魚をさばいて料理をすることは、趣味でもあったので楽しい。じゃあ自分で店をしようと、あるときふと思い立ったわけです」。

世間では魚離れが進んでいると思い込んでいた山嵜さんは、店の予想外の繁盛ぶりに驚きを隠せません。「本当においしい魚や明石の魚介を求めてくれていた人がこんなにもたくさんいたんやなあと。意外でしたしびっくりしました。今はその期待に応えなければというプレッシャーはありますが、素直にうれしい」と頬を緩めます。

料理教室で伝えたいのは

料理教室で魚のさばき方を教える山嵜さん。

明石の浜で代々続く漁師家庭の長男として生まれた山嵜さん。学生時代から父親や親戚の船に乗り、厳しい漁の現場を経験してきました。卒業後は明石浦漁協職員となり、長年セリ場を担当。漁師さんたちが汗水を流して獲った魚を流通させることに尽力してきました。その後、兵庫県漁連が魚食普及に力を注ぐことになり転籍。子どもから高齢者までを対象とした料理教室の講師を務めることとなります。その内容は魚のさばき方だったり、タコの掴み方だったりとユニーク。また、決まったレシピもありません。

「普通の料理教室なら、用意されたレシピ通りが基本。塩が何グラムで酒は大さじ何杯入れてということをメインに教わるでしょう。でも僕の教室では、今日のこの魚やったらこうしましょうと、目の前にある魚の鮮度を見極め、調味料の加減をその場で決めていきます」。保存状態によって目まぐるしく鮮度が変化する魚。それに対して毎回同じ分量の調味料、同じ調理法で手を加えても、素材本来のおいしさは引き出せないというのが山嵜さんの持論です。風味を高めるのはしょうゆ、煮しめるにはみりん、身をやわらかくするのは酒。それぞれの役割を知ったうえで、調理時の魚の状態に合わせて調味料を足したり引いたりすること。これこそ落ちた鮮度をうまくカバーし、よりおいしく食べるためのテクニックだと言います。

さらに教室では、スーパーに並ぶ魚介の食べごろを見分けるコツもレクチャー。食品への信頼が揺らいでいる今、自分の口に入るものは自分の力で選ぶことの重要性も説いています。「料理教室で僕が一番伝えたいのは魚の扱い方。知識を持てば人に言いたくもなるでしょうし、そうやって伝承してくれる人が広がっていけばうれしいですね」。

食育大事典facebookページ
ページのTOPへ